第22話:ある日の食事
「……それで、マリアは王都の社交界で『清廉な食事会』とやらを何度も開催して、王侯貴族を洗脳下に置いている……と。呆れましたわ。カルト集団以外の何物でもありませんわね」
街道の木陰。エカテリーナは、見違えるほど肌の輝きを取り戻した元刺客のナディアから得た情報を整理していた。マリアの巧妙かつ不潔な洗脳手口を聞き、扇子を揺らす手にも自然と力が入る。
ナディアは沈痛な面持ちで語り、やがて意を決したようにエカテリーナの前に膝をついた。
「エカテリーナ様。私はあなたに救われました。……どうか、このまま同行させてください。今度はこの命を、マリア様の過ちを正すために使いたいのです」
その言葉を聞いた瞬間、エカテリーナは扇子をパチンと閉じた。
「却下しますわ」
「な……! 何故ですか? 私はまだ、戦えます!」
「戦える? その、今にも折れそうな細い腕で? ナディア、今のあなたの肉体は、蓄積した不摂生がようやく抜けたばかりの『生まれたての赤子』と同じですわ。王都への過酷な旅路に耐えられるわけがありません。……それに、わたくしの視界にこれ以上、無理を強いて肌を荒らす者を置きたくありませんの」
エカテリーナは、背後に控えるハチへ短く指示した。
「ハチ、あれを」
「かしこまりました!」
ハチは快活に返事し、自身の背丈ほどもある巨大なリュックへと手を伸ばした。見た目以上の容積を誇る魔道具のリュックから、ハチは迷うことなく「王家の紋章が入った便箋」と「速乾性のインク」を取り出し、エカテリーナの手元へ。
エカテリーナは手際よく一筆認めると、ナディアに差し出した。
「これはグラファイトの教会への紹介状ですわ。新領主には、わたくしが厳しく『指導』しておきましたから、身元の保証は十分。そこで正しい食事を摂り、まずは人としての健康を取り戻しなさい。マリアを止めるのは、わたくしたちの仕事ですわ」
ナディアは紹介状を震える手で受け取り、エカテリーナの不器用な慈愛をその胸に刻んで、グラファイトへと向かった。
ナディアを見送った後、一行には重苦しい沈黙が流れていた。アン、雷牙、シオン、そしてリズ。四人の顔には、隠しきれない屈辱と後悔が滲んでいる。
「……申し訳ありません、エカテリーナ様。あのような死に体の小娘に、あそこまで接近を許すとは。私の不徳の致すところです」
いつもは冷静なアンさえも深く頭を下げ、声に苦渋を滲ませている。
エカテリーナはそんな四人を一瞥し、わざとらしく鼻で笑った。
「あら、ようやく自分たちが完璧でないことに気づきましたの? それだけの才能を持ち、研鑽を積みながらも栄養失調の少女一人にそこまで手こずるとは。わたくし、あわや不潔な短剣で首筋を傷つけられるところでしたわ。そうなれば、わたくしの経歴に消えない瑕疵が残るところでしたわよ」
その声に蔑みはない。
「ですが、終わったことを悔やんで眉間にシワを寄せるのはおやめなさい。……ハチ、あなたの料理でこの四人に、先へ進むための心の余裕を与えてあげなさい」
「了解です、エカテリーナ様! 任せてください!」
ハチは元気よくリュックを下ろすと、まるで手品のように、鍋、コンロ、さらには折りたたみ式の調理台を次々と取り出していく。
「アンさん、今日はゆっくり座っていてください! 雷牙さんもシオンさんもリズさんも! ハチ特製の、グラファイト名物『黒炭地鶏の薬膳スープ』で英気を養ってください!」
ハチはリュックの奥深くから、グラファイトで仕入れた新鮮な地鶏と、秘蔵の岩清水茸、さらには各地で集めた珍しいスパイスを次々と取り出す。ハチのリュックは、彼女が必要だと思えば瞬時に適切な食材が手元に届く、まさに旅するパントリーだった。
包丁を振るうハチの動きに迷いはない。鶏の脂が弾ける音と、ハーブの清涼感ある香りが街道に広がり、沈んでいた四人の鼻腔をくすぐる。
「はい、お待たせしました! 活力たっぷりの一杯です!」
ハチから差し出された黄金色のスープ。それを一口啜った瞬間、四人の瞳に光が戻った。
「……体に熱が宿ります。……ハチ、感謝します。お嬢様のご温情、無駄にはいたしません」
「……ああ、旨いな。……それに心が落ち着く」
「……ハチ、美味しいです。ありがとう」
「……んー! なんだか心が軽い! おかわりー!」
四人の瞳に、再び鋭い光が戻った。それを見たエカテリーナは、満足げに扇子を揺らした。
「……ふん、少しはマシな顔になりましたわね。ハチ、各地の美味を知り尽くしたあなたの目利きと腕前、合格点ですわ。……さあ、あなたたち。次はありませんわよ。わたくしの美学を汚さぬよう、この先も精進なさい」
あたたかな食事が一行の心を和ませた。




