第18話:毒舌姫の懐刀
「……さて、そろそろハチの炊き出しができたころかしら。楽しみですわね」
エカテリーナが地底坑道の最深部を制圧し、地上への帰路につき始めたその時だった。エカテリーナの頭上へ落盤による落石が降り注ぐ。
「姫様、上から落石だ!」
雷牙が叫ぶと同時に、凄まじい爆発音が地底を揺らした。
轟音と共に天井が崩れ、数トンにおよぶ巨大な岩塊が、エカテリーナの頭上へと降り注ぐ。
「アン!」
エカテリーナが隣にいたアンの名を叫ぶ。逃げ惑うことも、表情を変えることもなく。
「承知しました。お任せください」
眼鏡の奥の鋭い瞳が、降り注ぐ岩の軌道を瞬時に計算し尽くす。
アンが腰の愛刀を抜き放った。その動作はあまりに速く、抜刀の瞬間は誰の目にも止まらない。
刹那、爆煙を切り裂いて放たれた無数の斬撃が、落下する岩塊を空中で細かな「石の粉」へと変えた。
「はぁッ!」
最後に残った天井を支える支柱の一つが砕けようとした瞬間、アンはその身を挺してエカテリーナの前に立ち、倒れてくる柱を、突き一つで砂塵に変えてみせた。その粉塵すらも彼女の体術から繰り出す風圧に流され、エカテリーナの周囲だけは、まるで真空地帯のように静寂が保たれている。
「……ふぅ。お目汚しでした、エカテリーナ様。一粒の砂も、そのドレスには触れさせておりません」
アンは平然と刀を鞘に収めると、乱れた髪を直すこともなく深く一礼した。
背後では、崩落を免れた通路から、雷牙とシオンが驚愕の表情で固まっている。
「……おいおい、今のは人間業じゃねえぞ。あの質量を一人で……」
「アン様……。なんと美しい剣捌き……」
シオンは己の未熟さを痛感すると同時に、アンの背中を頬を赤らめながら見つめていた。
「見事ですわ、アン。わたくしが選んだ剣、やはり曇り一つありませんわね」
エカテリーナは、塵一つ付いていない漆黒のドレスの裾を整えると、瓦礫の山を優雅に歩き出した。
「さあ、地上へ戻りましょうか。ここの領主に罪の重さをたっぷりと教えて差し上げなくてはなりませんわ」
坑道から、真っ直ぐに差し込む一筋の光に向かって歩く一行。
エカテリーナの「お掃除」は止まることなく、領主の館へと繋がっていく。




