第17話:窮済と救済
「……リズ、空を掃除した程度で満足してはいけませんわ。この鼻を突く不快な『欲の腐敗臭』……まだ、この足元から漂ってきますもの」
エカテリーナは、陽光が差し込み始めた広場で、あえて地面を扇子で指し示した。
リズが即座に杖を地面に突き立て、魔導探査波を放つ。
「あー……さすがエカテリーナ様。地下のもっと深いところにものすごーくドロドロした魔力を感じますねー。それも、かなり大規模なやつ」
「……地下坑道の非正規な開発ルートですか。雷牙、心当たりはありますか?」
アンが眼鏡を押し上げながら問うと、雷牙はニヤリと笑って、すでに手に入れた地下図面を広げた。
「ああ、監督官の私邸の地下から、閉鎖されたことになってる旧坑道に繋がる隠し通路がある。……シオン、お前も手伝え」
「……了解した。我々が先行して道を清めておきますので、エカテリーナ様は後からお越しください。雷牙、遅れないで」
「誰に言ってるのルーキーちゃん。ま、頑張っていこうか」
「ハチは労働者の皆さんと協力して、広場で炊き出しの準備をしておいて頂戴」
「わかりました! おいしい炊き出し作ってお待ちします!」
シオンは一瞬顔を引き攣らせてから雷牙と地底へと繋がる入り口へ向かう。エカテリーナは、煤で汚れるのも厭わず、漆黒のドレスの裾を翻して優雅にその後へ続いた。
地下深く。そこには、マリアの「不潔な聖域」が広がっていた。
坑道の奥で一行が目にしたのは、鎖に繋がれ、マリアへの「祈り」を強制されながら、希少な魔導触媒『深淵の涙』を素手で削り取らされている少年たちの姿だった。
その背中には誰かとの奴隷契約を施した模様が浮かび上がっている。
「……これが、マリアが説く『救済』の裏側ですのね。光の当たらない場所で子供たちを泥に塗れさせ、己の魔力供給源を確保する……。反吐が出ますわ」
そこらに、ヴァルキュリア製の機械鎧の残骸が転がっており、それを身に着けていたと思われる実戦部隊の面々が倒れている。おそらく彼らが武器を構えるより早く、先行していたシオンと雷牙に機械の接合部を断ち切られ、動力源が破壊されたようだ。ある程度訓練を積んだ兵士といえど生身ではこの二人の相手にはならなかっただろう。
「三流の鉄屑が、エカテリーナ様の視界に軽々しく入るな」
「いや、おまえちょっと怖いぞ」
エカテリーナの進行方向に倒れている兵士を遠くへ蹴り飛ばしながら呟くシオンの声は、地底の冷気よりも鋭い。
同行していた雷牙も少し引いている。
「リズ、全員の奴隷契約を反動なしで強制解除なさい。……それとこの子たちを地上へ。太陽の光を浴び、温かな食事を摂らせなさい。わたくしの街で、子供が泥に塗れることを許すのは、わたくしの誇りが許しませんわ」
「はーい! みなさん自由にしますよー。背中のかゆみが取れた子からお姉さんの前に並んでみんなついてきてくださいねー」
リズが広範囲に放った契約強制解除の魔法が一瞬で坑道の隅々まで行き渡り、少年たちに強制労働を強いていた背中の模様が次々と弾け飛ぶ。
エカテリーナは、怯える一人の少年の前に屈み、真っ白なハンカチで彼の顔の煤を拭った。
「……泣きなさい。流した涙が、あなたの瞳を一番綺麗に磨き上げてくれますわ。さあ、地上へ。これからはわたくしの美学の下、光の中で学び、働きなさい」
少年は泣きながらお礼を言って列に並び、行動の出口へと歩いて行った。
地底に眠っていた「強欲」が掘り起こされ、エカテリーナの手によって一つずつ粉砕されていく。
王国を蝕むマリアの根を、彼女は確実に引き抜いていく。




