第16話:労働者達と青空
「リズ、始めなさい。この重苦しい空気を一掃して頂戴」
エカテリーナの号令と共に、リズが愛用の杖を天に突き出した。
「了解です、エカテリーナ様! 煤まみれの風なんて、お肌に悪いですもんねー! ……吹き荒べ、清浄の螺旋!」
リズの膨大な魔力が大気を震わせ、街の中心から巨大な上昇気流が発生した。空を覆っていた重苦しい黒煙が、まるで魔法の箒で掃かれたかのように、みるみるうちに上空へと吸い上げられ、雲の隙間から眩いばかりの陽光が鉱山都市に降り注いだ。
「な……太陽の光だ……。何年ぶりだ……?」
煤にまみれた労働者たちが、スコップを落として呆然と空を見上げる。
それからしばらくして監督官の屋敷からアンと雷牙が戻ってきた。アンは手にした分厚い帳簿をパサリと閉じ、エカテリーナに深々と頭を下げた。
「エカテリーナ様、お待たせいたしました。雷牙の案内により、隠し金庫内の書類から街の財政を分析しました。マリアへの巨額の上納金に加え、労働者へ支払われるべき賃金の七割が、監督官と領主の間で中抜きされています。それと街の景観を見る限りですと、採掘と精錬を急ぐあまり施設と労働環境の整備に手が回っていないようです。リズの魔法で応急処置できるところもありますが、対応が必要です」
「七割……。ふん、欲の皮が突っ張りすぎて、もはや人としての形を保てていませんのね」
エカテリーナは、捕らえられ地に這いつくばる監督官を、汚物をを見るような目で見下ろした。
「救済、ですって? あなたがしているのは、民の命を石炭のように燃やし、その灰を自分の懐に溜め込むだけの『醜悪な収奪』ですわ。労働の汗は結晶のように美しいものですが、あなたの今流している油汗は、ドブネズミの飲み水より不潔ですこと」
「ぎ、ギギ……マリア様さえ、マリア様さえおいでになれば……!」
「往生際が悪いわね。シオン、その口を塞ぎなさい。……それから、そこの労働者たち!」
エカテリーナの声が、広場に響き渡る。労働者たちは、その圧倒的な気品と美しさに毒気を抜かれ、膝をついた。
「あなた方の顔、煤を落とせばもっとマシな男の顔になりますわ。今日から、この街の利権はわたくしが没収し、適切な賃金を支払わせます。……ただし! 怠惰は許しませんわよ。わたくしのドレスの裾に、二度とこんな不潔な煙を浴びせないよう、これからのあなた方の心のように街を磨き上げなさい。美しく働かぬ者に、わたくしの庇護を受ける資格はありませんわ!」
彼女は懐から、眩い光を放つ魔道具を取り出した。王家の魔法刻印――その全権発動形態である。
「エカテリーナ様、ありがとうございます!」
労働者たちの目に、煤に曇らぬ希望の光が宿る。
「……ふぅ。アン、予備のドレスを。この街を一粒の煤も残さず、わたくしの肌のように美しく磨き上げますわよ」
エカテリーナは再び扇子を広げた。その背後では、シオンと雷牙が顔を見合わせ、苦笑しながらも新たな「お掃除」への準備を始めていた。




