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第14話:鏡よ鏡

翌朝、レイク・ミラージュは深い霧に包まれていた。

朝霧が晴れるまでの間、エカテリーナはアンと出立の打ち合わせをしていたが、ふと宿泊先のバルコニーで立ち止まっているシオンを呼び止めた。シオンはどこか落ち着かない様子で自分の手を見つめていたからだ。


「……シオン。昨夜からずっと、何かに怯えているような顔ですわね。わたくしの従者が、そのような曇った表情をしているのは我慢なりませんわ」


「……申し訳ありません、エカテリーナ様。私は……昨夜の温かな食事や、皆様の優しさに触れ、怖くなったのです。血に汚れた暗殺者だった私が、このような光の中にいて良いのかと」


シオンは俯き、自分の影に隠れようとする。エカテリーナはふんと鼻を鳴らすと、バルコニーに置かれた大きな姿見の前にシオンを立たせた。


「鏡を見なさい。そこに映っているのは誰かしら?」


「それは……私、ですが。暗殺者のシオンです」


「いいえ、違いますわ。そこに映っているのは、わたくしが磨けば光ると見抜き、直々にクレンジングを施した、わたくしの所有物……いえ、家族ですわ」


エカテリーナはシオンの背後に立ち、鏡越しに彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「シオン、本当の自分とは過去の行いだけで決まるものではありません。今、この瞬間にどうありたいかという意志こそが、あなたの真の姿を形作るのです。暗殺者という泥を被っていたのは過去のあなた。今のあなたは、わたくしの隣で世界を浄化する、一筋の清らかな光ですわ」


シオンの全身に衝撃が走る。エカテリーナは優雅な手つきで、シオンの乱れた髪を一房整えた。


「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰? ……そんな問いに答えるのは、鏡ではなく自分自身の魂ですわ。過去に縛られ、自分を汚物だと思い込むその性根こそが、最大の不純物。そんなものは今すぐに投げ捨ててきなさい」


その時、バルコニーの扉が開き、リズとハチが飛び込んできた。

「エカテリーナ様ー! 霧が晴れましたよー! 湖がキラキラして、まるでエカテリーナ様のドレスみたいです!」

「シオンちゃんも行こー。朝一番の空気、すっごく気持ちいいんだよ」


シオンは驚いて二人を見て、それから再び鏡の中の自分を見た。そこには、エカテリーナに寄り添われ、仲間たちに呼ばれ、戸惑いながらも微かに頬を染めた新しい自分が映っていた。


「……はい。私、もう迷いません。過去の影ではなく、お嬢様の光を映す鏡となります」


エカテリーナによって本当の自分を定義されたシオンの歩取りは、昨日までとは比べ物にならないほど力強く、気品に満ちていた。


「よろしい。その顔ですわ。……さて、アン。そろそろ旅の支度を。そろそろこの静寂ともお別れですわね」


「承知しました」


アンはそれ以上何も言わず出立の支度を整えはじめる。眼鏡の下の目が心なしか嬉しそうだった。

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