第13話:鏡湖の晩餐 ~名店にて~
第12話:鏡湖の美しき晩餐。名店にて
ルミナス王国有数の避暑地、レイク・ミラージュ。鏡のような湖畔に佇む高級レストラン『水の旋律』では、お忍びの王族が急に来店して泡を食っていた。
「わーい! エカテリーナ様、ここの椅子、ふかふかでまるでシフォンケーキみたいですね!」
ハチが元気よく席につき、ナプキンをよだれかけのように首に巻こうとする。その隣で、アン、リズ、雷牙、そして新入りのシオンも、エカテリーナの意に従い着席した。
「……背後を壁に預けられない。この無防備な状況で食事をするのは抵抗があります」
カトラリーの並びを前に、シオンが彫像のように固まっている。それを見た雷牙が、慣れた手つきで自分のナプキンを広げながら、シオンの肩を軽く叩いた。
「おいシオン、そんな肩を怒らせるなよ。まずはそのガチガチの姿勢をクレンジングしろ。可愛い後輩への頼りになる先輩からのアドバイスだ」
「……馴れ馴れしく触るな。なぜおまえはそんなに軽薄でおしゃべりなのだ。本当に忍者か?」
シオンは冷たく手を払いのけたが、その瞳には雷牙のいつもの軽薄な態度に嫌悪感が宿っていた。
それを察したように、隣に座るアンが、シオンの手にそっと自分の手を重ねた。
「シオン、あなたは生真面目なのですね。少し私に似ています。確かに雷牙は態度こそふざけていてたまに殴りたくなりますが、仕事の腕は確かです。感情に振り回されず、客観的に一人一人を見てください。まずはあなたの歩幅で、この優雅な時間を味わいなさい。心の余裕こそが、次の良き仕事に繋がるのですから」
「……アン様。……はい。肝に銘じます。雷牙、言葉が過ぎた。ごめんなさい」
アンの慈愛に満ちた言葉に、シオンの強張っていた表情がわずかに和らぐ。
雷牙の顔はアンの言葉で引き攣っていたが、シオンの言葉でその目は一瞬やさしくなり、次の瞬間からまたふざけた顔に戻った。
「いいってことよ。ま、今日はうまいもの腹いっぱい食って楽しもうや」
「おーい、みんな話ばっかりしてないで早く食べよー! ここのポタージュ、魔力の配合が絶妙で、飲むと頭がピカピカになるよー!」
リズがいつもの調子でスープを頬張り、口元を白くしている。エカテリーナはそれを見て、スプーンを置いてハンカチを手に取った。
「リズ。下品ですわよ。ほら、口を吹いてあげるからこっちを向きなさい。……ハチ、あなたもスープを『飲む』のではなく『味わう』のです。わたくしの隣に座るなら、最低限の気品を身につけなさい。それから雷牙、あなたもですわ。その野性味溢れるナイフ捌き、見ていて落ち着きませんわよ」
「へいへい。お嬢様のお好みに合うよう、精一杯エレガントにやらせてもらいますよ」
雷牙が皮肉っぽく笑いながらも、完璧なマナーで肉を切り分け、シオンに「ほら、食え」と皿を回す。
「……ありがとうございます。ですが、毒味もせずに……」
「シオン。わたくしの舌が、不純物を見逃すとでも? 安心して口になさい」
エカテリーナが優雅にポタージュを喉に流し込み、満足げに目を細めた。その姿を見て、シオンもゆっくりスプーンを口に運ぶ。
「…………美味しい、です。こんなに温かくて、穏やかな味は……初めてです」
「ふん、当たり前ですわ。わたくしが選んだ店ですもの。……さあ、あなたたち。今宵は巡検の話は抜きですわ。この鏡のような湖を眺めながら、わたくしに相応しい『美しい話』を聞かせて頂戴。素敵な料理はまだまだ続きますわよ」
エカテリーナのわがままで始まった、避暑地での晩餐。
鏡湖に映る月は、かつてそれぞれ孤独だった者たちが、エカテリーナという太陽を囲んで一つの「家族」のように笑い合う姿を、静かに映し出していた。




