第11話:宝石の街と偽りの輝き
「……ようやく、空気の質が変わりましたわね。北領の刺すような乾燥も悪くはありませんでしたが、やはり潤いと華やかさがなくては、人生はモノクロームですわ」
エカテリーナ一行が辿り着いたのは、ルミナス王国屈指の観光地であり、美の殿堂とも呼ばれる「宝石の街・オーロライト」。
街の建物には細やかな彫刻が施され、通りを歩く人々も着飾っている。しかし、エカテリーナの鋭い審美眼は、その華やかさの底に流れる「不協和音」を即座に察知した。
「エカテリーナ様、見てください! あそこの露店、宝石が山盛りですわ! ……でも、なんだかキラキラしすぎていて、逆にお腹が空かない輝きですわね」
ハチが首を傾げる。食いしん坊の彼女にとって、本物の「良いもの」は生命力を感じさせるものだが、この街の宝石にはそれが欠けていた。
「表現はともかく、鋭いですわねハチ。……アン、報告を」
「はい。現在この街を支配する宝石ギルドは、マリア聖女の『祝福』を受けたという安価な合成石を主力としています。その煽りを受け、伝統ある本物の職人たちはギルドを追放され、困窮しているとのことです」
エカテリーナは扇子で口元を覆い、冷ややかな視線を街の路地裏へと向けた。そこでは、ギルドの徴収員たちが、一人の若い男を地面に組み敷き、粗末なカバンを蹴り飛ばしていた。
「おい、カイル! ギルドに無許可で本物の石を磨くのは重罪だと言ったはずだ。こんなゴミ、今すぐ叩き割ってやるよ!」
徴収員が、男が必死に守っていた一つの原石を拾い上げ、石畳に叩きつけようと振り上げる。
「待ちなさい。その薄汚れた手で、それ以上に価値のあるものを汚すのは、万死に値しますわよ」
凛とした声が響き、徴収員たちが動きを止める。エカテリーナは優雅な足取りで近づくと、男が持っていた原石を指先で取り上げた。
「な、なんだあんたは! これはギルドの差し押さえ品だぞ!」
「……ふん、価値のわからぬ豚が。この原石、泥にまみれてはいますが、内側には極上の『誠実』が眠っていますわ」
エカテリーナは原石を一瞥した後、地面に這いつくばる青年・カイルの瞳をじっと見つめた。
「あなた。その濁った瞳の奥に、わずかですが磨けば光る輝きが見えますわね。わたくしの審美眼に狂いはありませんわ。……アン、この不細工な雑音(徴収員)たちをクレンジングなさい」
「承知しました」
アンが動く間もなく、徴収員たちは路地裏のゴミ箱へと叩き込まれた。エカテリーナはカイルに手を差し伸べることもなく、ただ尊大に言い放つ。
「カイルと言いましたかしら。あなたの腕と、その石に宿る可能性。わたくしが『鑑定』して差し上げます。その代わり、この街に巣食う『偽物の元凶』……マリアが寄進したという美術館の地下について、知っていることをすべて話しなさい」
カイルは、エカテリーナの圧倒的な美しさと覇気に圧倒されながらも、初めて自分の「本質」を見抜いてくれたその瞳に、消えかけていた職人の魂を再燃させた。
「……話します。あそこは、宝石の聖域なんかじゃない。ヴァルキュリアの『鉄の化け物』が眠る、死の倉庫だ」
「よろしい。原石を磨き上げるのは、わたくしの得意分野ですわ」
エカテリーナの唇に、不敵な、しかし確信に満ちた微笑みが浮かぶ。
一行は、救い出した「原石」を導き手とし、偽りの輝きに包まれたオーロライトの核心へと、静かに歩みを進めた。




