EP 8
「世界樹の姫、Amazonでポチる」
「ルナ!? あんた、なんでこんな所にいるのよ!」
「ルナちゃん! 久しぶりですぅ!」
冷房の効いたリビングに案内するなり、キャルルとリーザが声を上げた。
どうやら三人には、かつてルナミス帝国のファミレスでドリンクバーを飲みながら何時間も女子会をした、という謎の交友関係があるらしい。
「ああっ、キャルルちゃんにリーザちゃん! 良かったぁ、知ってる人がいて……私、迷子になっちゃって……」
エルフの姫君、ルナ・シンフォニアは、出された麦茶を両手で包み込むように持ちながら、ほっとしたように微笑んだ。
「世界樹の森からここまで、軽く山を三つは越えるぞ……。相変わらず、恐ろしいほどの方向音痴だな」
キャルルが呆れたようにため息をつく。
「それにしても、加藤さんのこのお家、すごいです! 森の木陰より涼しくて、空気が澄んでいて……まるで妖精の隠れ家みたい!」
ルナは目を輝かせながら、部屋のあちこちを見回している。
「まぁ、ゆっくり休んでいってくれ。俺はちょっと、日用品の買い出しを……」
俺はソファの端に座り、スマートフォンを取り出した。
ユニークスキル『マイホーム』の恩恵で、なんと我が家には地球のWi-Fiが飛んでいる。そして、ルチアナ(女神)の謎の計らいにより、地球の通販サイト『Amazon』にアクセスし、翌日配送で玄関先に荷物を届けてもらうことが可能だった。(※請求はなぜか異世界通貨に換算されてローンに上乗せされるという悪魔のシステムだが)。
「トイレットペーパーに、シャンプー、あとはリーザが食べるお米も多めに買っておくか……」
俺がスマホの画面をスクロールしていると、ルナがひょこっと顔を覗き込んできた。
「加藤さん、その光る板はなんですか? 本……ではないですよね?」
「ああ、これはスマホ。こうやって画面を指で叩くと、遠くのお店から品物が届くんだよ。通販っていう魔法みたいなもんだ」
「ま、魔法……! 指で叩くだけで!?」
ルナの長い耳が、ピクッと反応した。
エルフの探究心に火をつけてしまったらしい。
「す、すごいです! 私にも触らせてください! あ、これ、押してもいいですか!?」
「え、ちょっと待ってルナさん、それは『1-Clickで今すぐ買う』のボタン――」
ポチッ。
「あっ」
「あ」
画面にデカデカと表示される『ご注文を確定しました』の文字。
俺は慌てて注文履歴を確認した。
【特選・高級和牛ステーキ肉セット(10kg)】
【最高級ブランド人参『甘彩』100箱】
【プロ仕様・最新アイドル用マイク&音響セット】
「……おい、合計金額がとんでもないことになってるぞ!!」
俺は頭を抱えた。
ルナのやつ、キャルルとリーザが欲しがりそうなものを、画面の雰囲気だけで適当にポチりやがった!
これ、全部俺のローンに乗っかってくるんだぞ!? 今月破産する!!
「あわわわ! ご、ごめんなさい加藤さん! 私、指が滑って……!」
「終わった……。俺の35年ローンが、さらに絶望的な数字に……」
真っ白に燃え尽きかける俺を見て、ルナは慌てて立ち上がった。
「だ、大丈夫です! お代なら私がお支払いしますから! ええと、お小遣いお小遣い……」
ルナはそう言うと、何もない空間にスッと手を差し入れた。
エルフ王族特有の『空間収納』魔法だ。
「これくらいで足りますか?」
ゴトンッ!!!!
リビングの床が、悲鳴を上げて軋んだ。
ルナが何気なく取り出したのは――ピカピカに輝く、大人が抱えるほどの巨大な『純金のインゴット』だった。
「……は?」
「世界樹様から、毎月のお小遣いとして送られてくるんです。純金100キログラム。これで、その『つうはん』のお代、足りますか……?」
ルナは申し訳なさそうに上目遣いで俺を見る。
足りるどころの話ではない。
異世界の金貨に換算すれば、一生遊んで暮らせるどころか、小国を一つ買えるほどの莫大な資産だ。
「ば、バカヤロウ! ルナ、お前こんなもの表に出したら……!!」
キャルルが血相を変えて立ち上がった。
その通りだ。
ポポロ村のような小さな村で、こんな規格外の純金が流通すれば、村の経済は一瞬でハイパーインフレを起こして崩壊する。
それどころか、この純金の匂いを嗅ぎつけた三大国が、軍隊を差し向けて奪いに来るに決まっている!
「えっ……? 私、何かまずいことしちゃいましたか……?」
首を傾げる天然のエルフ姫。
床に鎮座する、目が眩むような純金の塊。
そして、それを窓の外からジッと見つめる、黄金の算盤を持った猫耳の商人。
「ほっほー。こらまた、エグい『爆弾』が投下されましたなぁ……」
ニャングルが、煙管を吹きながらニヤリと笑った。
平和なマイホームに、国家滅亡レベルの経済的危機が迫っていた。




