EP 6
「裏の顔・極悪執事リバロン登場」
「未登録の不法建築物とは心外だな。俺は正当に35年ローンを組んで……」
「黙りなさい、下民が!」
ルナミス帝国の徴税官と名乗るキザな男は、俺の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「このポポロ村は三国緩衝地帯とはいえ、実質的には我らルナミス帝国の経済圏。こんな見慣れない材質(サイディング外壁)の建物を勝手に建てるなど、言語道断! 今すぐ立ち退きなさい。さもなくば実力で行使しますよ!」
背後の兵士たちが、物騒な魔導ライフルを一斉に構える。
「あ、兄貴ィ! こいつら、全員ミンチにして肥料にしてやりやすぜ!」
「やめろイグニス! 俺の家の庭を血で汚すな!」
斧を構えて飛び出そうとするイグニスを必死で羽交い締めにしつつ、俺は冷や汗を流した。
せっかく手に入れた安住の地が、入居初日で差し押さえの危機である。
その時だった。
「おっしゃる通りです。血肉など撒き散らせば、せっかく佐須賀様が綺麗になさった庭が汚れてしまいますからね」
低く、絹のように滑らかな声が響いた。
いつの間にか、俺と徴税官の間に一人の男が立っていた。
隙のない漆黒の燕尾服を身に纏い、銀のトレイの上にティーセットを乗せている。
髪は美しく撫で付けられているが、その頭頂部にはピンと立った『狼の耳』があり、背中にはふさふさの尻尾が揺れていた。
「……誰だ、貴様は?」
徴税官が怪訝な顔をする。
「お初にお目にかかります。私はポポロ村の宰相であり、村長キャルル様にお仕えする執事……リバロンと申します」
リバロンは、一糸乱れぬ完璧な角度で一礼した。
ルナミス帝国執事検定1級のなせる業である。
「はっ! たかが田舎村の獣人の執事か。いいだろう、お前からもこの無礼な男に言ってやれ。ただちに家を明け渡せと」
「ええ、その件につきまして。まずは長旅の疲れを癒やすべく、こちらの紅茶をどうぞ」
リバロンは流れるような所作でティーカップに琥珀色の液体を注ぎ、徴税官に差し出した。
立ち上る芳醇な香りに、徴税官は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「ふ、ふん。作法だけは一人前のようだな。……うん、美味い」
徴税官が紅茶を一口飲んだ、その瞬間だった。
リバロンが、懐から一枚の最高級和紙でできた『名刺』を取り出し、徴税官の胸ポケットにスッと差し込んだ。
「……な、なんだこれは」
「いえ。ただの『明細書』でございます」
リバロンは、獲物を前にした狼のような、酷薄で美しい笑みを浮かべた。
「先月、貴方様が国境警備の予算から中抜きし、ゴルド商会の裏口座に横流しした金貨五千枚の動き。および、帝都に囲っている三人の愛人への送金記録を、少々詳細にまとめさせていただきました」
「なっ……!?」
徴税官の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「ちなみに、この名刺と同じ内容の書類を、現在我が国の郵便配達(バード族)が、ルナミス帝国『内務卿オルウェル様』の執務室へと運んでおります。順調にいけば、あと三分で到着する頃合いかと」
「お、オルウェル閣下に……!? ひぃっ!」
ルナミス帝国において、冷徹なる法の番人オルウェルに不正がバレることは、「死」以上の地獄を意味する。
徴税官が持っていたティーカップが、ガタガタと音を立てて震え始めた。
「待て! ま、待ってくれ! どうすれば……どうすればあの書類を止められる!?」
「おや、妙なことをおっしゃる。私はただの執事ですよ?」
リバロンは微笑んだまま、トレイを片手に一歩前に出る。
「ですが……もし仮に。この加藤様の邸宅が、『ポポロ村の特区(治外法権)』として貴方様の権限で正式に認可されるのであれば……バード族の配達員が『うっかり手紙を落としてしまう』ことも、あるかもしれませんねぇ」
「み、認可する! 大至急、特区として書類を申請する! だから頼む、見逃してくれぇぇ!」
「かしこまりました。では、こちらの契約書にサインを」
リバロンがどこからともなく取り出した分厚い契約書に、徴税官は泣きながらサインをし、兵士たちを引き連れて逃げるように帰っていった。
その一部始終を少し離れた場所で見ていた俺は、首を傾げた。
「なんか徴税官の人、急に顔色悪くなって泣きながら帰っていったけど……」
「リバロンの淹れた紅茶が、お腹に合わなかったんじゃないっすかね?」
隣でカツ丼のどんぶりを片付けていた佐須賀と、そんな呑気な会話を交わす。
俺はまだ知らなかった。
この一見有能で礼儀正しい執事が、三国を手玉に取る『極悪フィクサー』だということに。




