EP 5
「イグニス、家事の手伝いで陥落す」
「オレ様は……手加減ってのができねぇんだよぉ……」
我が家のピカピカのフローリングに正座させられた巨漢の竜人、イグニスは、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら身の上話を始めた。
「スライムを叩けば跡形もなく蒸発し、薬草を摘もうとすれば灰燼に帰す……。討伐部位(素材)が残らねぇからって、どのパーティーも三日でオレ様をクビにしやがった……っ!」
「……それで、ホームレスやってたのか」
俺はため息をついた。
プライドが高くて実力もあるが、不器用すぎて社会適合できなかったタイプか。
しかも、田舎の親には「俺様は英雄扱いだ! 今度純金の像が建つぜ!」と手紙を送ってしまった手前、帰るに帰れないらしい。同情を禁じ得ない。
「フッ、己の闘気一つ制御できぬ未熟者め。見てみろ、この私の優雅な休日の過ごし方を」
ソファでゴロゴロしながら、キャルルが鼻で笑う。
片手には人参ジュース、もう片手にはテレビのリモコン。すっかり日本のダメな休日の親父スタイルが板についている。
「ダーリン! このテレビの『てーちゅーばー』っていうの、すっごく面白いですぅ! この羽根の生えた女の子、可愛いですね!」
「あ、それキュララっていう天使族の配信。……って、お前らも人のこと言えないからな! どいつもこいつもうちのリビングでくつろぎやがって!」
このままでは、我が家が異世界のニート収容所になってしまう。
俺は三節棍『王帝』で床をドンッと叩き、イグニスを指差した。
「いいかイグニス。ここに住みたいなら『働かざる者食うべからず』だ」
「は、働く!? オレ様は誇り高き竜人だぞ! 戦い以外の雑用など――」
「じゃあ公園の鳩を見つめる生活に戻るか?」
「やらせてください! 何でもします!」
イグニスは即答し、床に額を擦り付けた。
「よし。じゃあ、まずは風呂掃除だ。お前のその無駄な力で、水垢一つ残さずピカピカに磨き上げろ。終わったら薪割りな。自慢の斧で綺麗に割ってこい」
「応ッ! 任せておけ! 必殺、イグニス・ウォッシュッ!!」
竜人は風呂用のスポンジを握りしめ、猛烈な勢いで浴室へと消えていった。
――数十分後。
『ピンポーン』
懐かしい電子音が鳴った。マイホームのインターホンだ。
モニターを見ると、見慣れない青年が立っている。
「ちわーっす! 加藤先輩、お疲れ様です!」
「えっと……君は?」
玄関を開けると、いかにも「日本の若者」といった風貌の青年が、謎のドヤ顔で立っていた。
「俺、佐須賀っす! コンビニと牛丼屋でバイトしてたんですけど、気づいたら転生してまして。先輩の噂聞いて、ご挨拶に伺いました!」
「ああ、君も地球から……」
「はい! 実は俺、ユニークスキル『丼マスター』ってのを持ってて。善行を積むとポイントが貯まって、あらゆる丼ぶりを出せるんすよ! 今日は先輩の家の溝掃除(50ポイント)をしに来ました!」
佐須賀はそう言うと、手際よく家の周りの溝を掃除し始め、ピロリン♪ と謎の電子音を響かせた。
そして何もない空間から、湯気を立てる『特大カツ丼』を二つ取り出した。
「はい、お近づきの印っす! 肉厚ロースカツ丼、つゆだくで!」
「おぉ、すごいな君! ありがたく頂くよ」
ちょうど風呂掃除と薪割りを終えて、汗だくで戻ってきたイグニスに、そのカツ丼を差し出した。
「ほら、仕事終わりのまかないだ。食え」
「フンッ。オレ様を餌付けしようなどと――」
パクッ。
「――っっっ!!!!」
イグニスは目を見開き、両手斧を投げ捨てた。
そして、丼に顔を突っ込むような勢いで、猛烈にカツ丼を掻き込み始めた。
「う、美味えぇぇぇっ! なんだこの分厚い肉は!? それを包み込む黄金の卵、そして甘辛い汁が染み込んだ白米……っ! 噛めば噛むほど、闘気が、いや、生きる喜びが全身にみなぎってくるぅぅぅっ!!」
涙と鼻水、そしてカツ丼のつゆで顔をグシャグシャにしながら、巨漢の竜人はあっという間に特大カツ丼を平らげた。
「加藤の兄貴ィ! オレ様、一生便所掃除でも何でもするんで、ここに置いてくだせぇぇ!」
「お、おう……(ちょろいな、異世界人)」
リーザ、キャルルに続き、イグニスまでもが完全に俺のマイホーム(と日本食)の虜になってしまった。
「いやぁ、先輩の家、賑やかでいいっすね!」
佐須賀が麦茶を飲みながら笑う。
平和だ。今日もマイホームは平和そのもの――。
「――ほう。ここが噂の『未登録の不法建築物』ですか」
突然、家の外から冷たく、ねっとりとした声が響いた。
窓から外を見ると、豪華な軍服を着たキザな男が、数人の兵士を引き連れて俺の家の庭(佐須賀が掃除したばかりの場所)を土足で踏み荒らしていた。
「ルナミス帝国 徴税局の者です。この土地と建物は、我が帝国が差し押さえます。今すぐ立ち退きなさい、下民ども」
ついに来た。
三大国のひとつ、ルナミス帝国からの理不尽なちょっかい。
俺の平和なスローライフは、今度こそ終わってしまうのか――?




