EP 4
「ローン返済! 初めての冒険者ギルド」
「まいど! ゴルド商会のニャングルでっせ。いやぁ、ええ物件やないですか」
壊れた玄関から悠然と入ってきたのは、猫耳と尻尾を生やした小柄な男だった。
関西弁に似たイントネーションで喋りながら、スパスパと煙管を吹かしている。
「ニャングルか。なぜここに?」
「なんやキャルル、冷たいなぁ。幼馴染が心配して様子を見に来たったっちゅうのに」
キャルルと知り合いらしいその男――ニャングルは、器用に目を細めながらリビングを見回した。
そして、壁に設置されたエアコンの吹き出し口に顔を近づけ、ピタリと動きを止める。
「……魔石の気配がない。せやのに、この安定した冷気。無限に水が出る水道に、見たこともない材質の家具……。兄さん、これ、なんぼで建てたん?」
「……35年ローンだ」
「さんじゅうご……? 桁がおかしいで! これ、王都の貴族に売り払ったら一生遊んで暮らせるんちゃいます!?」
ニャングルの目が、文字通り『金貨』の形になって輝いている。
商人の嗅覚というやつか。確かに、この家そのものが異世界では規格外のチートなのだろう。
「売らないよ。俺の住む場所がなくなるし、そもそも女神へのローン返済(月100金貨)があるんだ。……なあ、この辺で手っ取り早く稼ぐ方法ってないか?」
「月100枚!? そらまたエグい借金背負わされましたなぁ。せやな、手っ取り早いのは『冒険者ギルド』で魔獣討伐の依頼を受けることやね」
ニャングルのアドバイスを受け、俺はポポロ村の広場にあるという冒険者ギルドの出張所へ向かうことにした。
キャルルとリーザは「外は暑いから」と、冷房の効いたリビングで完全にくつろぎモードに入っている。誰の家だと思ってるんだ。
――ポポロ村 冒険者ギルド出張所。
「ようこそ冒険者ギルドへ。登録ですね。では、身分証と魔導通信石を……あ、お持ちでない? では、特技やスキルの申告をお願いします」
受付のお姉さんが、事務的な笑顔で羽ペンを構えた。
「ええと、スキルは『マイホーム』です」
「……はい?」
「だから、5LDKの家を出せます。光熱費込みで」
ギルド内が、水を打ったように静まり返った。
次の瞬間、酒を飲んでいた荒くれ者の冒険者たちが、ドッ! と腹を抱えて爆笑し始めた。
「ぎゃはははは! なんだそのハズレスキル!」
「家が出せるぅ!? ダンジョンの中で家出してどうすんだよ! モンスターをソファーでお茶に誘う気か!?」
「ひぃーっ、傑作だぜ! おままごとでもしてな、兄ちゃん!」
……やっぱりこうなるか。
攻撃魔法も闘気も使えないただの「家持ち」など、この血生臭い異世界では笑い者にされるだけだ。
「あの、登録は……」
「え、ええと……非戦闘員ということで、最低ランクのFからのスタートになりますが……パーティーを組んでくれる方は、少し見つかりにくいかと……」
受付のお姉さんも、同情の目を向けてくる。
これじゃ、ゴブリン一匹倒すのにも苦労しそうだ。月100金貨への道は遠い。
「――おいおい、お前ら。見る目がねぇな」
その時。
ギルドの入り口から、地響きのような低い声が響いた。
笑っていた冒険者たちが、ピタリと口をつぐむ。
現れたのは、身の丈2メートルはあろうかという巨漢。
頭部には立派な二本の角、背中には蝙蝠のような翼、そして手には身の丈ほどの巨大な両手斧を握っている。
竜人族。
見るからに歴戦の猛者といった風貌の男が、ズシン、ズシンと俺の前に歩み寄ってきた。
「オレ様はイグニス・ドラグーン! 竜人の里を実力で飛び出してきた、未来の英雄だ! ……おい、そこの家持ち(マイホーム)」
「お、俺か?」
イグニスは、真っ赤な瞳で俺をギロリと睨みつけ、ニヤリと牙を剥き出しにして笑った。
「貴様のそのスキル、オレ様が買ってやる。真の英雄には、羽を休めるための『立派な城』が必要不可欠だからな! オレ様とパーティーを組む栄誉をくれてやるぜ!」
「……えっ?」
「さぁ、案内しろ! 貴様の家へ!」
ものすごい威圧感と、謎の自信に満ち溢れた勧誘。
周囲の冒険者たちも「あ、あの竜人と組むのか……すげぇ」とどよめいている。
これは、幸運かもしれない。
彼のような強力な前衛がいれば、俺は家でサポートするだけでクエストをこなせるのでは?
「わ、わかった。よろしく頼む、イグニス」
「フハハハハ! オレ様についてくれば、金貨の雨が降るぜ!」
――数十分後。
俺の家(5LDK)に到着したイグニスは、玄関を見るなりボロボロと涙を流し、その場に膝から崩れ落ちた。
「うぅ……っ、屋根があるぅぅ! 風が凌げるぅぅ! まともな床だぁぁぁっ!」
「……えっと、イグニスさん?」
「オレ様、実力がありすぎて色んなパーティーをクビになってよぉ……! 宿屋にも泊まれず、三日間ずっと公園の鳩を見ながらホームレス村の炊き出し食ってたんだよぉぉぉ! 助かったぁぁぁ!」
この大男、ただの家なき子(無職)だった。
俺の頭痛の種が、また一つ増えた瞬間だった。




