EP 15
「『王帝』の制裁とノーゲーム」
「お前ら……俺がどれだけ苦労して、無農薬で育てたと思ってるんだ……!」
マイホームの庭先。
三色の極光を噴き上げながら、加藤がギリィッと歯を食いしばった。
「毎朝早起きして! アブラムシを筆でチマチマ落として! ホームセンターで買った一番高い培養土と肥料を混ぜて! 週末の俺のすべてを注ぎ込んだ、愛しの『プレミアム・甘熟プチトマト』をォォォッ!!」
「ぼ、ボス! 落ち着くデス! ミーたちはわざとじゃない! 事故デス!!」
「そうだ! 加藤、悪かった! 弁償する! だからその光る棒(王帝)を下ろしてくれェッ!」
ニコラスとハガルが、地面に這いつくばりながら命乞いをする。
だが、一度火がついた小市民(現人神)の怒りは、そんな言葉で鎮まるものではなかった。
「弁償で……俺の費やした時間と愛情が、戻ってくるかァァァッ!!」
加藤は、大きく振りかぶった。
狙いは、男たちそのものではない。彼らが無造作に放り投げ、愛しのプチトマトを完膚なきまでに押し潰している『重さ50kgの巨大な二本の旗』だ。
「俺の休日の癒やしを……返せェェェェェェッ!!」
ゴオォォォォォォォォォォッ!!!
放たれたのは、メガ・マグローザを真っ二つに割り、海を割った伝説の必殺技。
三色のエネルギーが混ざり合った巨大な光の龍――『王龍波』。
「アッバーーーーーッ!!?」
至近距離で炸裂した光の龍は、ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の威信の象徴である『旗』を完全に飲み込み、凄まじい轟音と共に庭の芝生を抉りながら、真っ直ぐに夜空へと駆け抜けていった。
ズゴォォォォォォォォォォンッ!!!
爆発の余波で、鮫島、ニコラス、ハガルの三人は、枯れ葉のように吹き飛ばされ、マイホームのフェンスに激突した。
「「「ぐはぁぁぁっ……!!」」」
◇ ◇ ◇
数分後。
もうもうと立ち込めていた土煙が、夜風に流されて晴れていく。
「……ケホッ、ゴホッ……」
煤だらけになった鮫島が、フラフラと立ち上がった。
奇跡的に、五体満足だった。加藤の怒りの矛先が『男たち』ではなく、あくまで『トマトを潰した質量物(旗)』に向いていたからだ。
「……助かっ、たのか……?」
ハガルも、泥と煤にまみれながら身体を起こす。
だが、彼らの視線の先、加藤の庭の中央には、真っ黒に焦げた一直線の綺麗な『溝』が形成されていた。
そして、そこに投げ捨てられていたはずの『両軍の旗』は。
布切れ一枚、金属の破片一つ残さず、文字通り『原子レベルで消滅』していた。
「あ……」
鮫島が、間抜けな声を漏らす。
『ピピピピッ、ピピピピッ……!!』
その時、ハガルの腕に巻かれていた時計と、鮫島のタクティカルウォッチが、同時にアラームを鳴らした。
開戦から丸一日が経過したことを知らせる、24時間のタイムリミットのアラームだ。
「ほぅ。見事な一撃でございました、加藤様。おかげで庭の土が綺麗に耕されましたね」
どこからともなく、燕尾服の土埃を払いながら、審判役のリバロンが優雅な足取りで現れた。
彼は、懐中時計をパチンと閉じると、冷徹な声で宣言した。
「只今の時刻をもって、24時間のタイムリミットが到来いたしました。これより、結果発表を行います」
リバロンの声が、魔導通信を通じてポポロ村全域、そして隠れていた両軍の残存兵たちにも響き渡る。
「ルナミス帝国軍、およびレオンハート獣人王国軍。両陣営とも、制限時間内に『敵の旗を自陣でキープする』という勝利条件を満たせませんでした。それどころか、両軍の旗は現在、物理的にこの世から【完全消滅】しております」
「……」
鮫島とハガルは、言葉を失い、ただ虚空を見つめていた。
「よって、本代理戦争の勝敗は――【引き分け(ノーゲーム)】といたします。勝者なし。世界樹の霊水は、どちらの手にも渡りません。お疲れ様でございました」
「…………」
「…………」
終わった。
ノーゲーム。
弾薬代をケチるために石を投げ。
治療費を恐れて反復横跳びをし。
空腹に耐えかねて泥をすすり。
農作業で這いつくばって小銭を稼ぎ。
ボッタクリ商人に軍資金を根こそぎ吸い上げられ。
配達員にカスハラをして時空を巻き戻され。
デマ情報で金貨五千枚を騙し取られ。
村人たちにボコボコにされて逃げ回った。
あの地獄のような血と汗と涙の24時間は、たった一つの『トマトの恨み』によって、完全に「なかったこと」にされたのだ。
「……俺たちの、四億円(軍資金)……」
鮫島が、膝から崩れ落ちた。
「……俺たちの、極上ロックバイソン串焼き……」
ハガルもまた、白目を剥いて地面に突っ伏した。
勝者はいない。
残ったのは、心身ともにボロボロになった200名の敗残兵と、完全にすっからかんになった部隊の銀行口座だけ。
「……お前ら」
絶望のどん底に突き落とされた彼らの頭上に、さらにトドメを刺す悪魔の声が降ってきた。
ジャージ姿の加藤が、消し飛んだ家庭菜園の跡地を指差しながら、冷酷に言い放つ。
「俺の家の敷地に無断侵入した罰金と……プレミアムプチトマトの苗代、土壌改良費、フェンスの修理代。きっちり両国の経費で請求させてもらうからな」
「「「アッバーーーーーッ……(完全敗北)」」」
こうして、マンルシア大陸を巻き込むはずだった三国間の軍事衝突(特別代理戦争)は。
極悪資本主義の蹂躙と、最強の一般人による圧倒的な暴力の前に、誰一人報われないという『究極の徒労』をもって、幕を閉じたのであった。




