EP 14
「決着は実況席で」
「ハァッ……! ハァッ……! ハァッ……!!」
ポポロ村の夜道を、泥だらけになった三つの影が、凄まじい形相で駆け抜けていた。
ルナミス帝国軍客将、鮫島とニコラス。
そして、レオンハート獣人軍近衛騎士団長、ハガル。
彼らの背中には、それぞれ自軍と敵軍の『旗(重量50kg)』が担がれていた。
本来なら重くて走れないはずの重量だが、背後から迫り来る『村人という名のバケモノたち』への根源的な恐怖が、彼らの生存本能を限界まで引き出していた。
「チィッ! まだ追ってくるか!? ニコラス、後方のクリアリングは!」
「ダメですユーゴ! あのウサギ耳のキックの風圧で、後ろの森がハゲ山になりマシタ! 振り返ったら死(KIA)デス!!」
「ルナミスの犬ども、立ち止まるな! 追いつかれたら植物の養分(アヘ顔)にされるぞォッ!!」
国家の威信も、資本主義への反逆も、もはやどうでもいい。
ただ「生きたい」という純粋な願いだけが、かつての宿敵同士を一つに結びつけていた。
「見えたぞ! あの『白い家』だ!」
鮫島の視線の先。
暗闇の中に浮かび上がる、加藤のマイホーム。
この狂ったポポロ村において、唯一『中立地帯』としてルール上保護されている不可侵領域である。
「飛び込めェェェッ!!」
ガシャァァァァァァンッ!!
三人は、加藤の家の低い木製フェンスを強引に飛び越え、庭先へと文字通り「転がり」込んだ。
「「「ぐはぁっ……!!」」」
ドサッ、ドサッ!
背負っていた50kgの旗を二本、乱暴に放り投げる。
「た、助かった……」
ハガルが、大の字になって夜空を見上げ、荒い息を吐いた。
「なんという恐ろしい村だ……。我々三国は、とんでもない魔境を緩衝地帯にしていたのだな……」
「アーメン……。これでようやく、一息つけマス……」
ニコラスも、泥だらけのヘルメットを脱ぎ捨てて地面に突っ伏した。
鮫島は、タクティカルウォッチの時刻を確認した。
「……作戦開始から、まもなく24時間。タイムリミットだ。まさか、両軍の旗が揃って、この中立地帯(実況席)に持ち込まれるとはな。……これで、このクソゲーも引き分け(ノーゲーム)で終了だ」
終わった。
飢えと、課金と、カスハラと、バケモノから逃げ回る地獄の二日間が、ついに終わったのだ。
三人の間に、奇妙な連帯感と安堵の空気が流れる。
――だが。
ふと、ニコラスが自分の手をついている『地面』の感触に違和感を覚えた。
「……ん? ユーゴ、黒豹のオジサン。なんかこの地面、すごくフカフカしてないデスか?」
「あ? そういえば……土が不自然に柔らかいな。それに、なんだこの匂いは。青臭いというか、植物の……」
ハガルも、クンクンと鼻をヒクつかせた。
ニコラスが、手についた『赤い液体』を月明かりに透かして見る。
「血……? いや、血にしては水っぽくて、種みたいなのが混ざって……」
その時。
『カチッ』
三人の目の前で、マイホームの縁側の『センサーライト』が、煌々と点灯した。
「「「……あ」」」
ライトに照らされて、彼らはついに自分たちが『何の上に倒れ込んでいるのか』を視認した。
きれいに耕され、等間隔に畝が作られた、極上のふかふかな土。
そこに植えられていたのは、赤々と実った可愛らしいプチトマトや、これから収穫を迎えるはずだったナスやキュウリの苗。
それが今。
男たち三人の体重と、乱暴に投げ捨てられた合計100kgの『旗』によって、無残なペースト状にすり潰されていた。
「ト……トマト……?」
鮫島が、震える声で呟く。
「……ねぇ」
頭上から、地獄の底から響くような、低く、冷たい声が降ってきた。
三人が、ギギギ……と錆びた機械のように首を上げる。
縁側。
掃き出し窓を開け、サンダルを履いた一人の男が立っていた。
いつもの芋ジャージ姿。しかし、その顔は、夜の闇よりも深く、黒く、淀みきっていた。
加藤真守(25)。
35年ローンを組んで買ったマイホームの『家庭菜園』を、こよなく愛する男。
「お前ら……」
加藤の右手に握られた三節棍『王帝』が、ギリィ……と嫌な音を立てる。
黄金の【聖気】。漆黒の【魔力】。白銀の【闘気】。
世界を滅ぼす三色の光が、加藤の『個人的な怨念』に呼応し、かつてないほどの密度で圧縮されていく。
「な、ちが、これは、加藤、話せばわかる!」
「違うんデス! ミーたちはただ、バケモノから逃げてきて――!」
ハガルとニコラスが、悲鳴を上げながら後ずさる。
だが、加藤の目は完全に焦点が合っていなかった。
「俺が……仕事から帰ってきて、休日に土を耕して……毎朝早起きして水やって……」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ポポロ村の夜空を覆っていた雲が、加藤から噴き出す凄まじいオーラによって、円形に吹き飛んでいく。
「やっと……やっと赤く色づいて、明日、収穫してサラダにしようと思ってた、俺の……俺の『プレミアム・甘熟プチトマト』をォォォ……ッ!!」
「客将! ハガル団長! 退避ッ!! ラスボスが激怒状態に入りマシタァァッ!!」
ニコラスが絶叫する。
だが、もはや彼らに逃げ場など残されていなかった。
戦争のルール?
国家の威信?
そんなものは、この男の『休日の癒やし(家庭菜園)』の前にあっては、塵芥以下の価値しか持たない。
「土足で踏み荒らしてんじゃねェェェェェェェェェェェェッ!!!」
ポポロ村の絶対神が、ついに怒りの鉄槌を下そうとしていた。




