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EP 10

「配達員ストライキと始祖竜の片鱗」

「おせええええええッ!! 配達遅ぇんだよォォッ!」

荒野の中央、両軍が睨み合う最前線ノーマンズ・ランド

ルナミス帝国軍の兵士が、怒りのあまり塹壕から身を乗り出して絶叫していた。

注文オーダーから1時間も待たせやがって! しかも牛丼は冷めてるし、魔導ライフルの弾薬はパッケージが泥だらけじゃないか! これで『危険手当(金貨5枚)』を取るなんてボッタクリだろ!」

「そうだそうだ! カスタマーセンター(ニャングル)に低評価つけてやるゥ!」

空腹とストレス、そして金欠によって精神が限界に達した兵士たちが、配達員であるリーザと良樹に容赦ないカスハラ(カスタマーハラスメント)を浴びせていた。

「なっ……!?」

ピンクの芋ジャージ姿でママチャリに跨っていたリーザが、プクッと頬を膨らませた。

「ひ、ひどいですぅ! 私、銃弾が飛び交う中を、泥水に飛び込んで避けて、必死に自転車こいできたんですよ!? アイドルに冷や水(低評価)を浴びせるなんて、最低のアンチですぅ!」

「左様! 拙者も、この『暗黒の荒野(ただの戦場)』を駆け抜け、汝らに命の糧を届けたというのに! そのクレームは我らが誇り(ギグワーク)への冒涜でござる!」

コンビニの制服を着た中二病の青年・良樹も、牛丼屋台の前でビシッと兵士たちを指差した。

「もういいですぅ! こんなブラックな現場、やってられませんっ!」

「うむ! 労働者の権利を行使するでござる! 本日、ただいまこの刻をもって……ウーバー・ポポロは『無期限ストライキ』に突入するでござるゥッ!!」

「「はあぁぁぁぁっ!?」」

両軍の兵士たちの顔から、一斉に血の気が引いた。

「ま、待て! ストライキだと!? ふざけるな、俺たちは丸二日、マトモな飯を食ってないんだぞ!」

「弾薬もない! 配達が止まったら、俺たち干からびて死ぬぞ! 頼むから売ってくれ!」

兵士たちが血相を変えてすがりつこうとするが、リーザは「プイッ」とそっぽを向き、良樹は「閉店ガラガラでござる」と屋台の暖簾を下げようとした。

その、瞬間だった。

「ふざけるなァァァッ!! 金は払うって言ってんだろォォッ!!」

極限の空腹で理性を失ったルナミス軍の一人の巨漢兵士が、塹壕から飛び出し、良樹の牛丼屋台に向かって渾身の蹴りを放ったのだ。

「ああっ!?」

良樹が悲鳴を上げる。

巨漢兵士の蹴りは、屋台のド真ん中――特製の牛丼の具(牛肉とタマネギと甘辛いタレ)がなみなみと入った『巨大な寸胴鍋』にクリーンヒットした。

スローモーションのように、巨大な鍋が宙を舞う。

熱々の醤油ダレと牛肉が、無重力空間のように空中に放り出され、泥だらけの荒野へと降り注ごうとしていた。

「あぁぁ……拙者の、拙者の丹精込めた牛魔獣の具がァァァッ!!」

良樹が絶望の涙を流して手を伸ばす。

兵士は「俺たちが食えないなら、泥に還れ!」と狂ったように笑っていた。

――だが。

『……やれやれ。勝つ必要のない戦いは最初からしない主義だが……我がマスター労働あせの結晶を無駄にするのは、頂けんな』

屋台を引いていた、一匹の巨大なトカゲ(ジオ・リザード)。

いや、その皮を被った『始祖竜クロノ(自称:ロード)』が、面倒くさそうに、しかし絶対的な威厳を込めて、小さくブレスを吐き出した。

『時よ、戻れ(リワインド)』

カチッ。

戦場を包んでいた風の音が、一瞬にして消え去った。

「え……?」

蹴りを放った巨漢兵士が、空中で間抜けな声を漏らした。

彼だけではない。鮫島も、ハガルも、双眼鏡で見ていた俺も、全員が己の目を疑った。

泥に落ちる直前だった『牛肉とタマネギとタレ』が、空中でピタリと静止したのだ。

そして――。

ザザァァァァァッ……!!

まるで、ビデオテープを猛烈な速度で『巻き戻し』しているかのように。

飛び散った肉と汁が、空中で逆再生の軌道を描き、空を舞っていた寸胴鍋の中へと一滴残らず吸い込まれていく。

さらに、蹴り飛ばされた寸胴鍋も、空中を逆行して屋台のコンロの上へと【カタンッ】と完璧な状態で着地した。

そして、巨漢兵士の身体も、不可視の力によって強引に引っ張られ、蹴りを放つ前の塹壕の中へと【スポンッ】と強制送還(巻き戻し)されたのである。

「「「…………え?」」」

戦場が、水を打ったような静寂に包まれた。

グツグツと煮え立つ牛丼の鍋。まったく汚れていない地面。

何事もなかったかのように、屋台の前に立つ中二病のバイト店員とトカゲ。

「……お、オーウ。ユーゴ。ミーの目が狂ってなければ……今、数秒間だけ『時間タイム』が巻き戻りマシタ」

ニコラスが、持っていた銃を落としてガクガクと震えている。

「あ、あり得ん……。時空を操るなど……そんな神話級の奇跡を起こせるのは、古代大戦で消えたとされる伝説の『始祖竜クロノ』くらいしか――」

獣人軍のハガルも、パワード・ファーの中で滝のような冷や汗を流していた。

彼らの視線が、屋台を引く『トカゲ』に集中する。

ロードは、何事もなかったかのように欠伸をし、尻尾でハエを追い払っていた。

「よ、よし! ロードよ、ナイスなアシストでござる! さぁリーザ殿、帰還するでござるよ! ストライキ決行だ!」

「はいですぅ! こんなカスハラ現場、星一つ(最低評価)ですぅ!」

ギコギコと自転車を漕ぐアイドルと、屋台を引く古代のトカゲ

彼らが土煙を上げてポポロ村へと帰っていく後ろ姿を、両軍の兵士たちは誰一人として止めることができなかった。

「……終わった」

ルナミスの部隊長が、地面に膝をついた。

「俺たちは……時間を操る神に、時給数千円で牛丼の配達をさせていたのか……?」

戦場のインフラ(兵站)の完全停止。

そして、「ポポロ村の住人は、バイトのトカゲすら世界を滅ぼせるバケモノである」という絶望的な事実の露呈。

両軍の戦意は、ここにきて完全にマイナス(虚無)へと振り切れてしまったのである。

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