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EP 9

「一般市民の怒り(住民投票システム)」

「……よし。獣人軍から割譲させた東の森林エリア、確保セキュア完了だ。周辺の警戒を怠るな」

ルナミス帝国軍の塹壕。

休戦協定によって得た新たな陣地に、鮫島たちルナミスの小隊が進駐していた。

血を流すことなく領土を拡大できたことに、部隊長も満足げに頷いている。

「客将殿の交渉術には感服した。これで獣人どもを包囲網に追い込める。……ん? おい、あそこの新兵! 警戒エリアがズレているぞ! もっと右の茂みに隠れろ!」

「は、はいッ!」

部隊長に怒鳴られ、若いルナミス兵が慌てて右側の茂みへとステップを踏んだ。

その、一歩。

泥だらけの重い軍用ブーツが、土を踏みしめ――。

『グシャッ』

何か、柔らかくて瑞々しいものを、無惨に踏み潰す嫌な音がした。

「……あ」

茂みの奥から、悲しげな声が漏れた。

そこには、日除けの麦わら帽子を被ったエルフの姫――ルナ・シンフォニアが、ジョウロを片手にポツンと立っていた。

彼女の足元。

ルナミス兵の分厚いブーツの下で、美しく咲き誇っていた小さな『ハッピー・フラワー(ルナの愛情と世界樹の魔力がたっぷり注がれた特製花壇)』が、無惨にペチャンコになっていた。

「わ、私のお花さんが……。昨日、やっと芽を出して、お話しできるようになったばかりだったのに……っ」

ルナの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「あ、いや、これは……不可抗力であります! 戦場こんなところに花壇があるなんて――」

兵士が慌てて言い訳をしようとした、次の瞬間だった。

『ヴィーッ! ヴィーッ! ヴィーッ!』

戦場にいる全兵士、そしてポポロ村の全住民が所持している『魔導スマホ』から、鼓膜を破るようなけたたましい【緊急警報アラート】が鳴り響いた。

「な、なんだ!? 敵の空襲か!?」

鮫島が咄嗟にライフルを構えて空を睨む。

しかし、スマホの画面に表示されていたのは、ミサイルの接近警告などではなかった。

【ポポロ村・緊急住民投票アプリ】

『事件発生! ルナミス帝国軍の兵士が、ルナちゃんが大切に育てていた花壇を無残に踏み潰しました!』

『被害状況:ハッピー・フラワー3本死亡(器物損壊および精神的苦痛)』

『住民の皆様、ルナミス軍への【イエローカード(罰金刑)】に賛成ですか? 投票をお願いします!』

「……は?」

鮫島が絶句している間にも、画面上のグラフが凄まじい勢いで動いていく。

『賛成』……10票、50票、100票、300票!

ポポロ村の住民たち(過半数以上)が、ものの数秒で『賛成』にタップしたのだ。

パァァァンッ!!

戦場の上空に、魔法の花火が打ち上がった。

『過半数の賛成により、ルナミス帝国軍に【イエローカード】が発行されました!』

『罰金として、軍資金から【金貨三千枚(3000万円)】を強制徴収いたします!』

ピローン♪

ルナミス軍の部隊長が持っていた『軍資金カード(残高)』の表示が、チカチカと赤く点滅し、一瞬にして【金貨三千枚】という莫大な金額が消し飛んだ。

「き、金貨、さんぜんまぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

部隊長が、泡を吹いてその場に昏倒した。

弾薬をケチり、石を投げ、泥水すすって節約してきた軍資金が。

たった一つの『花壇を踏んだ』という器物損壊のクレームによって、跡形もなく消し飛んだのだ。

「オーウ……ユーゴ。これは戦争じゃないデス。……怒れる『町内会コミュニティ』による、凶悪な集金システム(カツアゲ)デス……!」

ニコラスが、スマホの画面を見つめながらガタガタと震え上がった。

「ぜ、全軍に告ぐゥゥッ!!」

鮫島は、かつてないほどの危機感を覚え、悲痛な声で部隊に絶叫した。

「足元に注意ウォッチ・ユア・ステップしろ!! 葉っぱ一枚、小石一個たりとも傷つけるな! 陣地移動の際は、必ず『舗装された道』を通れ! 芝生には絶対に入るなァァッ!!」

「イ、イエッサー!!」

ルナミスの精鋭たちが、敵の銃弾ではなく、足元の『植物』に怯えながら、抜き足差し足で戦場を移動し始める。

世界樹の霊水を懸けた威信ある戦争は、完全に「地元住民のクレーム(町内会)」に怯える、究極の『ご近所トラブル回避サバイバル』へと変貌を遂げていた。

「……戦争って、意外と地域密着型なんだな」

マイホームの縁側で、スマホの【賛成】ボタンを連打していた俺は、冷たい麦茶を飲みながら深く頷いた。

この村において、住民の怒り(クレーム)は、軍隊の砲弾よりも遥かに重く、そして高額なのである。

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