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EP 8

「第一回・リビング首脳会議」

「……」

「……」

俺のマイホーム、冷房が完璧に効いた快適なリビング。

その中央に置かれたローテーブルを挟み、二人の男が殺気立った視線を交差させていた。

一人は、迷彩服にタクティカルベストを着込み、口から強烈なニンニクと豚脂の匂いを漂わせるルナミス帝国の客将・鮫島。

もう一人は、泥だらけの甲冑を纏い、頬をゲッソリとこけさせたレオンハート獣人軍の近衛騎士団長・ハガル。

「あのさぁ。睨み合うのは勝手だけど……」

俺は、二人の前にコトリと急須で淹れた日本茶の湯呑みを置いた。

「お茶代、一杯につき金貨100枚(100万円)な。それと、ふかふかのソファ席のチャージ料が別途50枚。……払えないなら、縁側の外で立ち話してくれよ?」

「オーウ、ボス……。ボッタクリ商人ニャングルよりエグいビジネスモデル(殿様商売)デス……」

壁際で護衛として立っていたニコラスが、ドン引きしたように十字を切った。

「うるさい! 俺はトイレのドアを弁償しなきゃいけないんだよ! さぁ、交渉ドンパチするなら金払え!」

俺の取り立てに対し、鮫島はチッと舌打ちをして、ルナミス軍の経費カードを端末にタッチした(経費で落ちるらしい)。

一方のハガルは、震える手で懐を探ったが――スッと手を引っ込めた。

「……我々獣人軍は、医療費で資金がショートしかけている。ソファー代など払えん。……床でいい」

誇り高き黒豹の戦士が、俺の家のフローリングに正座をした。

涙ぐましいコストカット(節約術)である。

「さて、本題ネゴシエーションに入ろうか、ハガル団長」

ふかふかのソファに深々と腰掛けた鮫島が、コーヒーキャンディを舐めながら冷酷に切り出した。

「先日、我が軍の塹壕近くに空から降ってきた……いや、迷い込んできた貴軍の斥候3名を、捕虜ホステージとして確保している。返してほしければ、身代金として金貨一千枚を要求する」

鮫島が言う『空から降ってきた斥候』とは、間違いなく俺がトイレから王龍波で吹き飛ばした連中のことだろう。

「……ふざけるな。我々にそんな資金リソースはない」

ハガルがギリッと奥歯を噛み締める。

「それに、我々からの要求は捕虜の返還ではない。……休戦協定を結びに来たのだ」

「休戦? 圧倒的優位ハイグラウンドに立つ我々が、なぜそんな提案に乗る必要がある?」

鮫島が鼻で笑うと、ハガルはフローリングに手をつき、獣のプライドをかなぐり捨てるように頭を下げた。

「頼む……! 貴様らの陣地から漂ってくる、あの『茶色くて暴力的なアブラの匂い』のせいで……我が軍の兵士たちは発狂寸前なのだ……! あの匂いを嗅ぎながら泥(MRE糧食)を食うのは、もう限界なんだッ!」

「……は?」

鮫島が、コーヒーキャンディを落としそうになる。

「あれはただのレーション(戦闘糧食1型)だぞ。貴様ら、あの匂いに負けて白旗タオルを上げに来たのか……!?」

「笑いたければ笑え! 嗅覚が人間の数十倍ある我々にとって、あれは質量を持った『兵器』に等しい! おまけに金がなくて泥しか食えないんだぞ!」

ハガルが血の涙を流しながら絶叫する。

あまりの悲惨さに、俺すらちょっと同情してしまった。

「……条件がある」

ハガルが、ギラギラと血走った目で鮫島を睨みつけた。

「我が軍は、東の森林エリアを無血開城する。……その代わり、貴様らの持っている『あの匂いのする缶詰』を、5個……いや、10個寄越せッ!!」

「なんだと……!?」

鮫島が息を呑んだ。

領土(陣地)と引き換えに、二郎系ラーメンの缶詰を要求する。

世界の軍事史において、これほどまでに『カロリー』の価値が高騰した条約があっただろうか。

「……ダメだ。あの『ポータブル・ジロウ(献立A)』は、我が軍でも貴重なモチベーション(士気)の源泉だ。10個は譲れん。……捕虜3名の返還と、陣地の割譲。それに引き換えで、缶詰『5個』だ。これ以上は譲歩コンプロマイズできん」

鮫島が、冷徹なネゴシエーターの顔で突き返す。

「くっ……! 5個では、全員にアブラが行き渡らん……! だが……分かった。その条件ディールで手を打とう」

ハガルが、震える手で『休戦・および物資交換条約』の書類にサインをする。

「交渉成立だ。……おい、ニコラス。本部に通信ワイヤードして、缶詰を5つ用意させろ」

「コピーザット。……ユーゴ、歴史の教科書に載せられないくらい、ダサい条約デスね」

こうして、第一回リビング首脳会議は、『捕虜と領土』が『二郎系の缶詰5個』と等価交換されるという、狂気の沙汰で幕を閉じた。

「……あー、終わった? 交渉終わった?」

俺は、立ち上がった二人の背中に向けて、消臭スプレー(ファブリーズ)を容赦なく噴射した。

「おい、ボス!? なにするんだ!」

「目に、目に染みるぞ加藤!」

「うるせぇ!! お前らから漂うニンニクとアブラと泥と汗の匂いが、俺の家の壁紙に染み付いたらどう落とし前つけるんだ! 消臭してから帰れ!!」

国家の威信も、戦士の誇りも、このマイホームにおいては「壁紙への匂い移り」以下の問題でしかない。

極限のギグワーク戦争は、腹を空かせた獣人たちにジャンクフードが渡ったことで、さらなるカオス(胃腸の崩壊)を引き起こすことになろうとは。

この時のハガルは、まだ知る由もなかった。

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