EP 4
「獣人のプライドと日雇い農業」
「……団長。報告します。我が軍の残金、金貨七千枚を切りました」
レオンハート獣人軍、仮設ベースキャンプ。
泥だらけになった副官の報告に、近衛騎士団長ハガルは、深い深い溜息を吐いた。
「開始からまだ半日だぞ……。なぜそこまで減っている?」
「ルナミス軍のセミオート狙撃による軽傷者の治療費、および防具の修繕費です。ニャングルの野郎、ポーションの値段を時間帯で吊り上げやがりまして……」
ハガルは頭を抱えた。
ルナミスの連中が銃弾をケチって「石」を投げてきたのは予想外だったが、それを警戒して陣地を構築した結果、今度は『食費』が部隊の体力を削り始めていたのだ。
獣人族の強靭な肉体と闘気は、莫大なカロリー(食事)を必要とする。
しかし、ニャングルの移動販売車で売られている『ロックバイソンの極上串焼き』は、1本銀貨10枚(1万円)という狂った価格設定だった。
「このままでは、明日の朝には資金がショートする……。補給(本国からの支援)が絶たれた戦場が、これほどまでに過酷だとは……」
『宇宙の戦士』で兵站の重要性は学んでいたハガルだったが、資本主義の暴力は彼の想像を絶していた。
「ほっほー。お困りのようでっせ、ハガルはん」
そこへ、黄金の算盤を弾きながらニャングルがやってきた。
悪魔の笑みを浮かべている。
「金がないなら、稼げばええんでっせ。実は今、ポポロ村の農場が『収穫の繁忙期』でしてな。日雇いの短期バイト、募集してまんねん」
「……バイト、だと?」
「時給は金貨1枚(約1万円)! しかも、収穫した野菜の『規格外品』はタダで持ち帰りOK! まかない付きの超好条件でっせ! どないです? 弾代と肉代、稼いでみまへんか?」
誇り高きレオンハートの近衛騎士が、泥にまみれて農作業など。
ハガルは断固拒否しようとしたが――背後から聞こえる、部下たちの「腹減った……」「肉食いてぇ……」という悲痛な呻き声に、彼の『葉隠』精神が揺らいだ。
「……武士は食わねど高楊枝、とは言うが……背に腹は代えられん。よし、第一小隊! 武器を置き、鍬を持て!! 我ら獣人の機動力を見せつけてやる!」
「「「ウォォォォッ!!(※時給のために)」」」
◇ ◇ ◇
ポポロ村、太陽が照りつける広大な農場。
「おーい! そこの犬耳! 畝の踏み込みが甘いぞ! 雑草は根っこから引っこ抜け!」
「はいィィッ!! 申し訳ありません、農業監督殿ォッ!!」
ジャージ姿に麦わら帽子、そして首からタオルを下げたキャルル(月兎族村長)が、メガホン片手にドSな檄を飛ばしていた。
彼女の後ろでは、ルナ(エルフ)が冷たい麦茶を配りながらニコニコと笑っている。
「皆さん、頑張ってくださいね〜! お野菜さんたちも、優しく収穫されるのを待ってますから!」
ルナの言葉に、ハガルは泥だらけの顔で頷いた。
(……ふん。所詮は農作業だ。我ら獣人の身体能力をもってすれば、広大な畑の収穫など数時間で終わらせてみせる)
ハガルは狙いを定め、目の前に植えられている巨大な人参――『人参マンドラ』の葉を力強く掴み、一気に引っこ抜いた!
スポォォンッ!
『ギェェェェェェェェェッ!!!』
「な、なんだァッ!?」
引っこ抜かれた人参マンドラが、耳をつんざくような悲鳴を上げたかと思うと、ハガルの手からズルリと抜け出し、二又に分かれた根っこ(足)で、凄まじい速度で畑を走り出したのだ。
「オーライ、逃げたぞ! 捕まえろォ!」
キャルルが笛を吹く。
「な、なめるな! 我が黒豹の脚力から逃げられると思う――速いッ!?」
ハガルが闘気を纏って追跡するが、人参マンドラの動きはゴキブリのように不規則かつ俊敏だった。
右へ左へとフェイントをかけられ、ハガルは足を滑らせて泥の海へとダイブする。
「だ、団長ォォォッ!」
「ええい! 包囲陣形だ! 奴を追い込め!!」
百戦錬磨の獣人騎士たちが、たった一本の人参を捕まえるために、戦術的フォーメーションを組んで畑を右往左往する地獄絵図。
「ああっ! そっちのキャベツは優しく扱ってくださいね!」
ルナが注意する先では、別の兵士が『ネタキャベツ』を収穫しようとしていた。
『待って! 待って! 切らないで! 代わりに俺の嫁の浮気現場の証拠写真を提供するからァ! だから命だけは!』
「うおっ!? 喋った!? しかもすげぇ生々しいネタだ! 隊長、こいつどうします!?」
「ええい、構わん刈り取れ! そいつの身の上話を聞いていると時給が減るぞ!」
「うぅ……っ。なんで俺たち、こんなことしてるんだろう……」
全身泥だらけになり、人参に逃げられ、キャベツに説教される精鋭たち。
ルナミス帝国との戦争よりも、ポポロ村の農業の方が遥かに過酷で理不尽だった。
数時間後。
ゲッソリと痩せこけ、魂が抜けかけたハガルたち獣人軍の前に、ニャングルがやってきた。
「お疲れはんでしたー! 皆はんの働きぶり、見事でしたで! はい、これ今日の日給と、規格外品の『太陽芋』の配給や!」
チャリン、と渡されたわずかな金貨。
ハガルは震える手でその金貨を受け取ると、ニャングルに向かって叫んだ。
「……こ、これで! ロックバイソンの肉を! 10本くれェェッ!!」
時給金貨1枚の過酷な労働で稼いだ血と汗の結晶は、ボッタクリ価格の串焼き10本(兵士たちのわずかな胃袋の足し)となって、一瞬にしてニャングルの懐へと回収されていく。
『……ルナミスの奴らめ……ッ! 次は絶対に、タダでブチ殺してやる……ッ!』
借金と日雇い労働の恐怖を知った獣人たちは、相手の命ではなく「相手の陣地の物資(奪えばタダ)」を求めて、かつてないほどのギラギラとした飢えた目を光らせ始めていた。




