EP 3
「戦術的コスト削減(SWAT流)」
「ヒューイッ! (石を投げろ!)」
鮫島の鋭い口笛が、荒野に響き渡る。
「うおおおおッ! くらえ獣人どもォォッ!!」
ルナミス帝国の誇る精鋭兵士たちが、塹壕から一斉に身を乗り出し――足元に転がっていた『拳大の石』を、肩が外れんばかりの勢いでぶん投げた。
ドガッ! ボコッ!
「ぐはっ!? い、痛ぇっ! なんだこの原始的な攻撃は!」
「ルナミス軍め! 銃を撃ってこないぞ! 弾切れか!?」
突撃をかけていたレオンハート獣人軍の先鋒が、石つぶての雨に打たれて足を止める。
「オーウ! 見事な制圧射撃デス! 敵の足が止まりマシタ!」
ニコラスが、双眼鏡を覗き込みながらサムズアップした。
銃弾を一発も消費せず、そこら辺の石ころで敵の進軍を止める。これぞ、極限の資金難が編み出した究極のエコ戦術である。
「よし、敵が怯んだ隙に陣地を移動するぞ! ……おい新兵! 何をしている!」
鮫島が、塹壕の端で震えている若い兵士の胸ぐらを掴んだ。
新兵の手には、カチカチと震える指でトリガーにかけられた魔導ライフルが握られている。
「ひぃっ! さ、鮫島教官! オレ、怖くて……ついフルオートで撃っちゃいそうです……っ!」
「馬鹿野郎!! トリガーから指を離せ(トリガー・ディシプリン)!!」
鮫島は新兵を壁に押し付け、その耳元で、かつてロス市警の鬼教官にやられたように怒鳴り散らした。
「いいか! 貴様のその指一本の震えが、この部隊の『資金』を削るんだ! お前がパニックになって3秒間フルオートで撃ちまくれば、銀貨30枚(3万円)が虚空に消える!」
「ひっ……!」
「銀貨30枚だぞ!? ルナキン(ファミレス)で、一番高い『特製デミグラスハンバーグ定食』が腹いっぱい食える金額だ! お前は、仲間の夕飯をドブに捨てる気かァァッ!!」
「そ、そんなの嫌であります!! オレ、ハンバーグ食べたいです!!」
「だったら石を投げろォォッ!!」
国家の威信を懸けた戦争が、完全に「今日のファミレス代」を守るための戦いにすり替わっている。
「ユーゴ! 敵の黒豹が動きマシタ! 右翼から回り込んで来マス!」
ニコラスの報告に、鮫島がギラリと猛禽の目を光らせた。
「石での威嚇はここまでだ。……各員、セレクターを『単発』にセット。いいか、絶対に外すな。『ワンショット・ワンキル』だ」
鮫島の纏う空気が、一瞬にして冷徹なプロフェッショナルのそれへと変わる。
「外した奴は、その弾代(銀貨1枚)を給料から天引きする。……撃て(エンゲージ)!!」
タァンッ!!
タァンッ!!
荒野に、単発の乾いた銃声が響き渡った。
フルオートの弾幕はない。しかし、弾薬代をケチる(給料天引きを恐れる)ルナミス兵たちの集中力は極限に達しており、放たれた弾丸は恐ろしい精度で獣人軍の足元を撃ち抜いていく。
「チッ……! 鬱陶しい! 弾幕ではなく、ピンポイントの狙撃に切り替えてきやがった!」
獣人軍を率いるハガルが、飛来する銃弾を『陰影(魔導双剣)』で弾き落としながら舌打ちをした。
「怯むな! 奴らの弾数は少ない! このまま闘気で押し通れ――」
ハガルが号令をかけようとした、その時だった。
『はいストーップ! 獣人軍の皆はん、お知らせでっせー!』
またしても、戦場のど真ん中(安全地帯)に停車した装甲車から、ニャングルの呑気な声が響き渡った。
電光掲示板の文字が切り替わる。
【特製・月光ポーション(傷薬) 1本 = 金貨1枚(約1万円)】
【ルナキン特製・止血用魔導包帯 1巻き = 銀貨5枚(約5000円)】
「…………は?」
ハガルが、目を点にして掲示板を見上げた。
「へっへっへ。突撃するのはええんですが……ルナミス軍の銃弾一発でもカスったら、治療費で『金貨1枚(1万円)』が飛んでいきまっせ。重傷負って入院なんかしたら、一瞬で部隊の軍資金がショートしますわ」
ニャングルが、スピーカー越しにゲスい笑い声を上げる。
「獣人軍の皆はん……『被弾=即破産』やと思うて、気ぃつけて突撃してなはれや~!」
「なっ……!?」
ハガルの顔から、スゥッと血の気が引いた。
獣人の戦法は、多少の傷は闘気と肉体のタフさでカバーし、肉薄して敵を仕留める「肉を切らせて骨を断つ」スタイルだ。
だが、このボッタクリ戦場において、「肉を切らせる」ことは「軍資金(2億円)をゴリゴリ削られる」ことと同義である。
「だ、団長! 前衛の三人が腕をかすり傷撃たれました! 治療費で、すでに金貨3枚(3万円)の損失です!」
「ああっ! 俺の防具に穴が! これ、修理用キットを買うのに銀貨50枚かかるぞ!?」
獣人の戦士たちが、自分の傷よりも「治療費と修理代」の恐怖にパニックを起こし始めた。
「ば、馬鹿な……。我らレオンハートの誇る白兵突撃が、こんな……『医療費の高騰』という理由で止められるというのか……ッ!」
ハガルはワナワナと震えながら、全軍に屈辱的な指示を飛ばした。
「ぜ、全軍……! 絶対に弾に当たるな!! 治療費がもったいない! ジグザグに走れェェェッ!!」
「「「ウォォォォッ!(※ジグザグ走行)」」」
誇り高き獣人たちが、銃弾(=医療費)を恐れて、不格好に右へ左へと反復横跳びをしながら接近してくる。
それをスコープ越しに見ていた鮫島は、冷たい汗を拭った。
「……恐ろしい戦場だ。両軍とも、敵の命ではなく『財布の残高』を削り合っている……」
世界樹の霊水(寿命50年)を懸けた神話的スケールの代理戦争は、こうして「いかに無駄遣いをしないか」という、究極のドケチ泥沼合戦へと突入していったのである。




