第四章『ポポロ村・代理戦争~弾丸は金なり、兵站はウーバーにて~』
「開戦前夜と、霊水(若返りの水)の狂気」
「――というわけで、ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の間で、明日から『全面戦争』が勃発しそうになりました」
俺のマイホーム。
クーラーの効いた快適なリビングで、冷やし中華をすすっていた俺は、執事のリバロンの報告に盛大にむせた。
「……ブホッ!? げっほ、ごほっ! はぁ!? 全面戦争!?」
俺は箸を置き、目を白黒させた。
つい数日前、メガ・マグローザを捌いて借金を完済し、ようやく平穏なスローライフ(大嘘)が戻ってきたばかりだというのに。
「なんでだよ! こないだの一件で、三国は『ポポロ村には手を出さない』し『互いに牽制し合う』ってバランスで落ち着いたんじゃないのか!」
「ええ。ポポロ村への不可侵条約は絶対です。……しかし、今回の火種は少々『特別』でして」
リバロンが白手袋の手で、テーブルの上に一枚の写真を置いた。
そこに写っていたのは、美しいクリスタルガラスの小瓶に入った、ほんの500mlほどの澄み切った水だった。
「なんかのミネラルウォーターか?」
「『世界樹の霊水』でございます」
リバロンの言葉に、隣で人参をかじっていたキャルルがピクッと耳を動かした。
「おいおい……エルフの森の奥深くに湧くっていう、伝説の神薬か。それを飲めば、寿命が50年若返り、あらゆる病が治ると言われているアレか?」
「はい。ルナ様が、実家(世界樹)からの仕送りとして、うっかりポポロ村の村役場に郵送してきまして」
「あのポンコツエルフゥゥゥッ!!」
俺の怒号が響く。
ルナの善意は、いつだって大陸の経済とパワーバランスをへし折る劇物だ。
「寿命が50年若返る水。……ルナミス帝国のマルクス皇帝も、レオンハートのアーサー獣王も、国家の繁栄(自身の延命)のために喉から手が出るほど欲しい至宝です。結果、両国が『是が非でも譲れん』と国境沿いに大軍を終結させる事態に発展しました」
リバロンは、まるで「今日の天気」を語るような優雅なトーンで恐ろしいことを言う。
「冗談じゃない! そんなもん適当に川に流して捨てろ!」
「お待ちを、加藤様」
そこへ、縁側から煙管の煙と共に、ゴルド商会のニャングルがニヤァと笑いながら姿を現した。
「大国同士がガチのドンパチをやったら、大陸の経済はメチャクチャになりまっせ。せやから、ウチとリバロンはんで、両国の首脳に『提案』をしてきやした」
「提案?」
「ええ」とリバロンが頷く。
「『ポポロ村・特別代理戦争』です」
リバロンが説明したルールは、ひどく単純で、そしてひどく『ゲーム的』だった。
一、両国は、ポポロ村の指定された広大な荒野・森林エリアに、それぞれ【100名の精鋭】を派遣すること。
一、初期装備は、基本の魔導ライフルと拳銃などの軽武装のみ。
一、両陣営には、軍資金として【金貨2万枚(約2億円)】が平等に支給される。(※本国からの追加支援は一切禁止)
一、勝利条件は、相手陣営の『旗(重量50kg)』を奪い、自陣で24時間キープすること。
「……なんだそれ。サバゲーか? というか、軍資金ってなんだ。戦争するのに金貨渡してどうすんだよ」
俺が呆れたようにツッコミを入れると、ニャングルが黄金の算盤をジャラッ! と鳴らした。
「へっへっへ。この代理戦争……本国からの兵站(補給)は一切禁止されとります。つまり、両軍の兵士は、弾薬一発、弁当一個、タバコ一本に至るまで……すべて中立の『ポポロ商人』から、その支給された【金貨】で買わなあかんのですよ」
「…………は?」
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「あのなぁ、ニャングル。お前、戦場で独占販売権を持ってるってことは……」
「もちろん、足元見まくりの『ボッタクリ価格』で売りつけさせてもらいまっせ。金貨が尽きた陣営は、弾も撃てず、飯も食えず、干からびて負けるっちゅう寸法や」
悪魔だ。
極悪資本主義の権化がここにいる。
兵士たちは命を懸けて戦う裏で、この猫耳商人は、彼らの軍資金(合計4億円)を根こそぎ吸い上げる気なのだ。
「……で、俺は関係ないよな? 俺は家で冷やし中華食ってていいんだよな?」
俺が必死に保身に走ると、リバロンがスッと一枚の契約書を差し出してきた。
「実は、両陣営の指揮官同士が話し合う『中立のVIPルーム(休戦地帯)』として、加藤様のこのリビングを提供していただきたいのです」
「はぁ!? 嫌に決まってんだろ! なんで俺の家に泥臭い軍人を上げなきゃなんねえんだよ!」
「もちろん、タダとは言いません。場所代、Wi-Fi使用料、冷暖房完備の特別チャージ。さらには、加藤様が淹れる『お茶』や『軽食』を、指揮官に高値で売りつける権利を付与いたします」
ピタッ。
俺の怒りの声が止まった。
「……お茶一杯で、いくら取っていいんだ?」
「金貨100枚(約100万円)。ふかふかのソファに座るなら、別途チャージ料で金貨50枚です」
「……」
俺の頭の中で、電卓が弾かれた。
35年ローンの繰り上げ返済。最新の家電。家庭菜園の高級肥料。
「……泥靴で上がったら、即刻出禁にするからな」
「承知いたしました。では、契約成立ということで」
かくして。
『世界樹の霊水』という神話級の至宝を懸けた、前代未聞の「課金制・サバイバル戦争」が、俺のマイホームの庭先を舞台に幕を開けようとしていた。
この時、ルナミス帝国とレオンハート王国の精鋭たちは、まだ誰も気づいていなかった。
戦場において最も恐ろしいのは、敵の銃弾ではなく……『手元の現金が尽きる恐怖』であるということに。




