EP 10
「大漁旗と新たな火種」
「ん~~~~っ! 美味ぁぁぁぁぁっ!!」
俺のマイホームの平和なリビングに、リーザの歓喜の叫びが響き渡った。
テーブルの上にドカッと置かれているのは、炊きたての白米が見えなくなるほど敷き詰められた、極上の『メガ・マグローザの漬け丼』。
一口食べれば、上質な脂が舌の上でトロァ……ととろけ、濃厚な赤身の旨味が脳髄を突き抜ける。
「オーウ……! ジーザス! このトロ、完全に舌の上でステルス(消失)しマシタ!」
「美味すぎる……。レーション(戦闘糧食)とは次元が違いすぎるぞ……!」
ニコラスと鮫島も、涙を流しながらマグロ丼をかき込んでいる。
つい数時間前まで「死にたい」と絶望していたFX戦士たちの顔は、完全な多幸感に包まれていた。
「ほっほー。メガ・マグローザの最高級部位以外は、王都の市場で全部売り払わせてもらいやした。加藤の兄さんらの借金『金貨五千枚』は完済。さらに、お釣りとして『金貨千枚』が口座に振り込まれとります」
ニャングルが、マグロの赤身をツマミに熱燗をキュッとやりながら、黄金の算盤を弾いた。
これで、俺の愛する最新型エアコンとふかふかソファの差し押さえは、完全に回避されたわけだ。
「よし! これで一件落着だな。……お前ら、二度とFXと船上チンチロには手を出さないって誓うか?」
俺が、柔軟剤の香りが漂う洗い立てのジャージを着ながら睨みつけると、三人はビクッと背筋を伸ばし、勢いよく土下座の姿勢をとった。
「「「イエッサー!! 一生、真面目に労働(アイドル/護衛)シマース!!」」」
現金な奴らだが、まぁいい。平和が一番だ。
その時だった。
リビングの大型テレビで流れていた、ニュース番組(異世界通信網)の画面が、突如として『緊急速報』の赤いテロップに切り替わった。
『ピピピピッ! 緊急特番です! 現地のリポーター、キュララさーん!』
画面に映し出されたのは、マイクを持ったハーピィ族の配信者、キュララだった。
彼女の背後には、上空から撮影された『北の海』の映像が広がっている。
『はい! こちらキュララです! 見てください、この信じられない光景を!』
ドローンカメラ(魔導鳥)が映し出したのは……つい先ほど俺が『王帝』を振り抜いて真っ二つに割った、北の海の異様な地形だった。
水が両サイドに滝のようにそそり立ち、海底の岩肌が一直線に露出している。
『本日午後、北の海に伝説の怪獣メガ・マグローザが出現! しかし、その直後……謎の【極光の龍】が海を切り裂き、怪獣を瞬時に三枚おろしにしてしまったのです!』
「……ぶふぅッ!?」
俺は飲んでいた熱いお茶を、危うく吹き出しそうになった。
テレビの画面は、スタジオのコメンテーター席へと切り替わる。
そこに座っていたのは、またしてもルナミス帝国の内務卿オルウェルや、獣人王国の官僚たちだった。
彼らの顔は、一万の死蟲軍が攻めてきた時よりも、さらに真っ青に引きつっている。
『……信じられん。あの広大な北の海を、一撃で割るほどの絶大なる魔力……』
オルウェルが、震える手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
『情報を総合するに、この一撃を放ったのは、ポポロ村の現人神……加藤真守だ。彼はたった一匹の魚を捌くために、海そのものを両断したというのか……!』
『もはや、我々三大国の軍事力など、彼にとっては赤子の水遊びに等しい! もし、あの男の機嫌を損ねれば……次は我が国の領土が、真っ二つに割られるぞ!!』
スタジオが、お通夜のようなパニックと絶望に包まれていく。
「ポポロ村には絶対に逆らうな」「FXの損失で怒らせたのではないか?」という的外れな議論が白熱し始めていた。
「…………」
「…………」
リビングにいる居候たちが、一斉に俺の顔を見た。
「いや……違うからな? 俺は別に軍事力を誇示したわけじゃなくて、ジャージがゲロと魚の汁で臭くなったから、ついカッとなって……」
俺の弁解を遮るように、キャルル(月兎族)がマグロ丼の最後の一口を飲み込み、明後日の方向を見ながら口笛を吹いた。
「……まぁ、マモルの『洗濯への執着(怒り)』は、国家の危機より恐ろしいってことだな」
「加藤様。これでまた一つ、近隣諸国への『防衛的抑止力』が高まりましたね。素晴らしい交渉術です」
リバロン(執事)が、どこからともなく極上の食後のお茶を淹れながら、完璧な笑顔で頷いた。
違う。俺はただ、マイホームを綺麗に保ちたいだけの小市民なんだよ!
「ダーリン! 海を割るなんて、最高のファンサですぅ! これでまた、スパチャがいっぱい飛んできますねっ!」
「オーウ! ボスは戦略兵器を超えた存在デス!」
テレビの中では世界の首脳が「世界滅亡の危機」に震え上がり、リビングの中では居候たちが「これでまたガチャが回せる」と能天気に笑っている。
「……あーあ。明日は雨か。洗濯物、部屋干ししなきゃな……」
世界を滅ぼしかねない究極の武具『王帝』を物干し竿代わりにしながら、俺は深く、深くため息をついた。
かくして。
FXの暴落から始まった借金地獄と、北の海でのマグロ漁業は、三大国に更なる『加藤真守・最恐伝説』を植え付けるという大迷惑な置き土産を残し、幕を閉じたのであった。




