EP 9
「俺の服に匂いつけんな(王帝の一撃)」
「……ボ、ボス?」
鮫島が、引き金にかけていた指を止めて息を呑んだ。
荒れ狂う暴風雨と、巨大なメガ・マグローザが放つ圧倒的な威圧感。
その絶望のド真ん中で、俺の右手に握られた三節棍『王帝』が、あり得ないほどの光を放ち始めていたからだ。
黄金の【聖気】。
漆黒の【魔力】。
白銀の【闘気】。
神話大戦の三勢力の力が、俺の怒りに呼応してグルグルと渦を巻き、天を衝くほどの極光の柱となって立ち上る。
「……な、なんだアレは!? 人間の身体から、神と悪魔の力が同時に噴き出しているだとォッ!?」
ドワーフの船長が、甲板にへばりつきながら目をひん剥いた。
『ゴガァァァァァァッ!!』
メガ・マグローザが、俺から放たれる異常なエネルギーに危機感を覚えたのか、巨大な顎を限界まで開いて襲いかかってきた。
船ごと丸呑みにする、文字通りの死のダイブ。
だが、俺の目には、そんな怪物の脅威など映っていなかった。
「お前なぁ……」
俺は、ズブ濡れになった芋ジャージの胸ぐらを自分で掴み、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「この時期は……部屋干しすると、生乾きの臭いが取れなくて苦労するんだよッ!! しかもお前、ゲロと魚のハイブリッド悪臭とか、酸素系漂白剤でも落ちねえだろォォォッ!!」
魔王軍幹部を吹き飛ばした『小市民のブチギレ』。
それが今、北の海で炸裂した。
俺は野球のバット(あるいは布団叩き)を振るうようなフォームで、メガ・マグローザの巨大な鼻先に向かって、渾身の力で『王帝』を振り抜いた。
「俺の! 洗濯の苦労を! 増やすなァァァッ!!」
ゴオォォォォォォォォォォッ!!!
放たれたのは、三色のエネルギーが混ざり合った巨大な光の龍。
伝説の必殺技――『王龍波』。
凄まじい咆哮を上げた光の龍は、襲い来るメガ・マグローザの巨体と真っ向から衝突した。
ズパァァァァァァァァンッ!!!
爆発音ではなかった。
それは、世界で最も巨大で、最も鋭利な『刃物』が、肉を断つ音だった。
「――えっ?」
リーザが、呆然と声を漏らす。
光の龍は、メガ・マグローザを粉砕するのではなく……その流線型の巨体を、頭から尾びれにかけて、見事なまでの一直線で『通過』したのだ。
その余波は、怪物だけには留まらない。
ザパァァァァァァァッ!!
俺たちの船の先、地平線の彼方まで続く北の海が。
まるでモーセの十戒のごとく、真っ二つに『割れた』のである。
海底の岩肌が露出し、両サイドには滝のような海水の壁がそそり立っている。
「オーウ……」
ニコラスがショットガンを落とし、ゆっくりと十字を切った。
「海を……割った……? ジーザス……」
そして、空中に静止していたメガ・マグローザの巨体は。
ズズンッ……!
綺麗な三等分に分かれ、船の左右の海(割れた海底)へと、ドサァァァッ! と落下した。
背骨と中骨が綺麗に外され、赤身とトロが完璧に切り分けられた、超巨大な『刺身のサク(三枚おろし)』の完成である。
「…………」
「…………」
「…………」
静まり返る甲板。
先ほどまでの暴風雨は嘘のように消え去り、割れた海の間から、眩しい太陽の光が差し込んできた。
「はぁ……はぁ……っ。肩外れるかと思った……」
俺は『王帝』を下ろし、荒い息を吐きながら肩を回した。
そして、顔面蒼白で固まっているドワーフの船長の方を振り返った。
「おい、船長。あのデカいマグロの切り身……全部、俺たちが釣った(捌いた)扱いでいいんだよな?」
俺の冷ややかな声に、船長はビクゥッ! と全身を跳ねさせ、凄まじい勢いで土下座をした。
「は、はいィィィッ!! も、もちろんでございます、加藤様ァァァッ!! あ、あれほどの極上メガ・マグローザの三枚おろし……王都の市場に持っていけば、金貨五千枚どころか、一万枚は下りませんッ!!」
「よし。じゃあこれで、俺の家のソファとエアコンの差し押さえは回避だな」
俺が安堵の息を吐くと、背後からドサッという音がした。
「だ、ダーリン……! ごめんなさい、私……私がチンチロなんかしたせいで……」
リーザが、ゲロまみれの口元を拭いながら、俺の足元にすがりついて号泣している。
「オーウ、ボス……。ユーゴ、俺たちはとんでもない神を怒らせてしまったようデス……」
「ああ……。俺の戦術マニュアルの最終ページには、こう書き足しておくべきだな。『加藤のジャージは絶対に汚すな』と……」
元SWATの二人が、完全に戦意を喪失して正座していた。
「分かったら、帰ったらお前ら全員で風呂掃除と洗濯だからな! 洗剤は多めに入れろよ!」
俺の小言が、真っ二つに割れた北の海に虚しく響き渡る。
借金返済の過酷なタコ部屋労働は、伝説の海獣を刺身ブロックに変えるという、誰にも理解できない圧倒的な暴力(家事への執着)によって、無事にフィナーレを迎えたのだった。




