EP 5
「乗船! 魚魔獣マグローザ漁」
ザバァァァァァッ!!
荒れ狂う北の海。
氷のように冷たい波飛沫が、甲板を容赦なく打ち据える。
「……うぅ……っ。クーラーの効いた……俺の、リビングに……帰りたい……」
俺は、船のへりにしがみつきながら、顔面を土気色にしてえずいていた。
「オーウ……ボス、顔色がノーマル・スキン(初期アバター)みたいに真っ白デス。酔い止め(メディック)を要請シマスカ?」
「い、いい……。話しかけるな、胃袋が裏返る……」
昨日の朝まで、俺はふかふかのソファに座り、エアコンの効いた部屋でベーコンエッグを食べていたはずだった。
それが今や、潮と魚の生臭い匂いが充満する、揺れる木造船の甲板である。
すべては、こいつらの借金(金貨五千枚)を返し、俺の愛する最新型エアコンの差し押さえを防ぐためだ。
「おい新入りども! 何をサボってやがる! 巻け! 魔導ウインチを回せェッ!」
ドワーフの甲板長が、鞭を片手に怒号を飛ばす。
「イエッサー! ニコラス、制圧前進だ! ロープの張力を維持しろ!」
「コピーザット、ユーゴ! 網の引き揚げ(サルベージ作戦)、開始シマース!」
黒のタクティカルギアの上から黄色いゴム製のカッパを着込んだ元SWATの二人が、無駄にキレのある動きで太いロープを引っ張っている。
「ワン! ツー! プル!!」
「ターゲット(網)、浮上シマース! クリア!」
軍隊式の掛け声と共に、ものすごい速度で網が引き揚げられていく。
「……ひぃっ!?」
あまりの気迫と統率の取れた動きに、鞭を持っていたドワーフの甲板長がドン引きして後ずさった。
そりゃそうだ。たかが網を引くだけの漁業を、テロリストの拠点制圧(CQB)と同じテンションでやっているのだから。
(……なんであいつら、あんなに元気なんだよ)
俺が胃液をこらえながら恨めしそうに見ていると、もう一人の借金王が、ニコニコと笑顔で甲板を跳ね回っていた。
「わぁ〜! 潮風が気持ちいいですぅ! マイナスイオンたっぷりで、お肌が潤っちゃいますねっ!」
リーザだ。
人魚姫である彼女にとって、海は完全にホームグラウンドらしい。
荒波で船がどれだけ揺れようとも、足の裏に吸盤でもついているかのように微動だにせず、甲板の上でキャピキャピとはしゃいでいる。
「ダーリン! 見てください、小さいお魚がいっぱい跳ねてますぅ!」
「……お、おう。お前は元気でいいな……オロロッ」
「ああっ、ダーリン!? 胃袋の『損切り』はダメですぅ!」
FX用語で俺の嘔吐を止めようとするんじゃない。
「……チッ。ポポロ村の現人神が乗るって聞いてビビってたが、ただの船酔いするモヤシじゃねえか」
船の操舵室から、葉巻をくわえた筋骨隆々のドワーフ――この『マグローザ漁船』の船長が、鼻で笑うように俺を見下ろした。
地下労働施設にいそうな、悪人ヅラの男だ。
「おい、加藤とか言ったな。てめぇは足手まといだ。船倉に行って、引き揚げた魚の仕分け(ノルマ)をやってろ」
「は、はい……すいません……」
俺はフラフラとした足取りで、生臭い船倉へと向かった。
(……ちくしょう。エアコンさえ無事なら、俺はこんな底辺労働……!)
心の中で毒づきながら、冷たい床で作業を始める俺。
マイホームの主としての威厳は完全に失墜し、ただの過酷なタコ部屋労働者と化していた。
◇ ◇ ◇
――そして、数時間が経過した。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
突然、船の操舵室に設置された『魔導ソナー(探知機)』が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。
「……ッ! 来たぞ野郎ども! 魔導ソナーに巨大な熱源反応だ!」
ドワーフの船長が、葉巻を海に投げ捨てて叫んだ。
「北の海の死神……超高級魚魔獣『マグローザ』の群れだァァァッ!!」
「ターゲット、捕捉! ユーゴ、戦闘準備デス!」
「許可する! ニコラス、安全装置解除! 这是渔业ではない、掃討作戦だ!!」
甲板でロープを引いていた元SWATの二人が、カッパを脱ぎ捨て、背中に背負っていたSCAR-HとベネリM4を構え、ギラリと猛禽の目を光らせる。
「わぁっ! 大きなお魚さんですぅ! いっぱい獲れたら、ガチャ回せますねっ!」
リーザも、ミカン箱の上に立って目を輝かせている。
荒れ狂う波が割れ、海中からヌメ光りする巨大な黒い魚影が、ミサイルのように海面へと飛び出してきた。
借金返済を賭けた、異世界マグロ漁の死闘が、今まさに幕を開けようとしていた。




