EP 3
「査定と臓器売買の提案」
「FXだと……? 異世界になんでそんなもんがあるんだよ!」
冷めかけたベーコンエッグの油の匂いが漂うリビングで、俺は頭を抱えて絶叫した。
「オルウェルだ……」
鮫島が、焦点の合わない目で虚空を見つめながら、ポツリと呟いた。
その声は、かつてロス市警で凶悪な麻薬カルテルと対峙した時よりも、遥かに深い疲労と絶望に満ちていた。
「ルナミス帝国の内務卿オルウェルが構築した『L-Pay通貨オプション取引』。……タロウが持ち込んだ資本主義の概念を、あの冷血漢がシステム化したんだ。俺たちは、その相場の波に乗って、資金を増幅させる作戦だった」
「オーウ……最初は勝っていたんデス。面白いように金貨が増えて……ミーたち、完全に油断してマシタ……」
ニコラスが両手で顔を覆う。
「だからって、なんでそんなハイリスクなもんに手を出したんだよ! 鮫島たちには俺がちゃんと給料(月40万)払ってるし、リーザだって配信の投げ銭があるだろ!」
「……足りなかったんですぅ」
リーザが、真っ赤に腫らした目で俺を見上げた。
「ルチアナ様が、新しい『月人君の推し活グッズ』を地球から仕入れたって言うから……私、どうしてもそれが欲しくて……。鮫島さんたちも、銃の新しい『すきん』のガチャを回したいって……」
「あの駄女神! また俺の居候たちから金を巻き上げやがったのか!」
ルチアナの守銭奴っぷりに殺意を覚えつつ、俺は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
……待てよ。FXで『有り金を全部溶かした顔』になっているということは。
「お前ら……いくら突っ込んだんだ? まさか、ただの貯金だけじゃないよな?」
俺の問いに、三人はビクッと肩を震わせ、そして――スッと目を逸らした。
「……レバレッジ、1000倍だ」
「1000倍!?」
鮫島の言葉に、俺の心臓がヒュッと縮み上がった。
日本の法律じゃあり得ない、裏社会ならではの狂った倍率。
「昨夜、アバロン魔皇国で大規模な魔力異常(ラスティアのオタ活の余波)が観測されたというニュース(ファンダメンタルズ)が流れ……相場が一瞬でパニックに陥った。……フラッシュ・クラッシュ(瞬間暴落)だ」
「クラッシュうううぅぅぅっ!?」
俺の絶叫が、マイホームの吹き抜け天井にこだました。
つまり、こいつらは自分の手持ち資金を失っただけではない。レバレッジ1000倍の暴落を食らったということは、莫大な『借金(追加証拠金)』を背負い込んだということだ。
「おい、冗談だろ……。その金、どこから借りたんだよ……」
俺が青ざめていると、リビングの隅のソファで、それまで静かに人参ジュースを飲んでいたキャルル(月兎族)が、ふいっと明後日の方向を向いた。
「……蟹工船かなぁ〜♪」
キャルルは天井を見上げながら、わざとらしく、そしてひどく乾いた口笛を吹き始めた。
「おいキャルル! なんでお前がプロレタリア文学のタイトル口ずさんでんだよ! 目を合わせろ!」
「いやぁ、北の海の魚魔獣は狂暴らしいが、カニは美味いらしいぞ、マモル。……まぁ、生きて帰れればの話だがな」
「他人事みたいに言うな! 止めろよ村長!」
リビングの空気が、絶望と逃避で満たされていく。
「あ、あの! 加藤さん、大丈夫です!」
その時、エルフのルナ姫が、ふわりと軽やかな足取りで俺の前に進み出た。
彼女の透き通るような白い肌と、純真無垢な笑顔が、この地獄のようなリビングで唯一の救いに見えた。
「お金がないなら……腎臓、売りましょうか?」
「…………は?」
ルナはニコニコと笑いながら、空間収納から、メスのような鋭利なミスリル製のナイフを取り出した。
「私、回復魔法が使えますから! 鮫島さんたちの腎臓を切り取って売っても、すぐに再生させられます! これを繰り返せば、無限にお金が――」
「ここはダークウェブの闇病院か!! お前、エルフの姫だろ!? なんでそんなナチュラルにサイコパスな錬金術を提案してくるんだよ!!」
俺がルチアナのナイフを取り上げようとした、その時だった。
チャラッ……。
リビングの静寂を切り裂くように、冷たくて、この世で最も金臭い音が響いた。
「ほっほー。なんや、朝から物騒な相談してはりますなぁ」
庭の掃き出し窓から、煙管の煙と共に、一人の男が姿を現した。
黄金の算盤を片手に持ち、三日月のように目を細めて笑う猫耳の商人。
「借金先って……まさか」
俺の呟きに、鮫島とニコラスとリーザが、ガタガタと震えながら一斉に頷いた。
「まいど。ゴルド商会のニャングルでっせ。……さて、可愛い居候さんたちの借金の『査定』、はじめましょか」
極悪フィクサーの影が、俺の平和なマイホームに、黒々と伸びていた。




