第三章『FX戦士の末路と、異世界マグロ漁船の挽歌』
深夜二時。
喉の渇きで目を覚ました俺は、冷蔵庫の麦茶を求めて寝室を出た。
クーラーの効いた廊下を歩き、リビングのドアを少しだけ開ける。
部屋の明かりは消えていたが、大型の液晶テレビが放つ青白い光が、三つの人影を不気味に照らし出していた。
「……ロングだ。ここは押し目買い(エントリー)のタイミングだぞ、ニコラス」
「イエッサー、ユーゴ。……シット! また抵抗線で弾かれマシタ! 敵の売り圧が強すぎマス!」
「ダーリン(視聴者)たち! 今ですぅ! 私のポジションに、スパチャ(追加証拠金)をお願いしますぅぅ!」
テレビの前に陣取っているのは、元LAPD SWATの凄腕コンビ(鮫島&ニコラス)と、底辺アイドル人魚姫のリーザだった。
三人は、手元の『魔導通信端末(スマホサイズの板)』を握りしめ、まるで戦場にいるかのような血走った目で画面を睨みつけている。
俺は暗がりの中で、やれやれと首を振った。
(またあの三人で『ファミコン(レトロゲーム)』やってんのか)
ルチアナ(駄女神)の適当な計らいのせいで、俺の家にはなぜか地球の通信網と繋がる謎のテレビとゲーム機が備わっている。
最近、鮫島たちが深夜にこうして集まって、ピコピコとコントローラーを操作しているのは知っていた。
「仲良いのは結構だけどな。あんまり夜更かしすんなよ」
俺が麦茶のグラスを片手に声をかけると、三人はビクッと肩を跳ねさせた。
「ボ、ボス!? い、いや、これはその……」
鮫島が、珍しく滝のような冷や汗を流して口ごもる。
「分かってるよ。男同士の熱い協力プレイだろ? リーザも混ざって、平和でいいこった」
「あ、あはは……。そ、そうですぅ! みんなで協力して、大きな『お城』を建ててるんですぅ!」
リーザが引きつった笑顔で誤魔化した。
微笑ましい光景だ。
異世界から来たポンコツ人魚と、地球から来たガチガチの特殊部隊員が、一つの画面を見つめてワイワイとゲームをしている。
マイホームパパとして、居候たちが仲良くしている姿を見るのは悪くない。
「あんまり熱くなりすぎるなよ。明日の朝飯、起きれなくなるぞ」
俺はあくびを噛み殺しながら、彼らが熱中しているテレビ画面をチラリと盗み見た。
なんだろう、あのゲーム。
真っ黒な背景に、赤と緑の四角いブロック(ローソク足?)が、階段のようにギザギザと並んでいる。
テトリスか何かだろうか?
『ピッ!』
その時、画面の右端で、赤いブロックが一本、ズドンッと下に向かって長く伸びた。
「オーウ、シット! 下落デス!」
ニコラスが悲鳴を上げる。
「落ち着け! まだ想定の範囲内だ! 損切り(撤退)ラインまでは余裕が――」
鮫島がそう言いかけた、次の瞬間だった。
画面に描かれていた赤と緑の階段が、まるで滝のように、一気に画面の底へと向かって真っ逆さまに突き落とされたのだ。
「――っ!?」
「ひぃぃぃっ!?」
鮫島が息を呑み、リーザが頭を抱える。
画面の中央に、無機質な明朝体で、見慣れない文字がデカデカと点滅した。
【強制ロスカットが執行されました】
「強制、ろすかっと……? なんだそのゲームのゲームオーバー画面。聞いたことないな」
俺が首を傾げると、三人はテレビ画面から発せられる青白い光を浴びながら、完全に石像のように固まっていた。
その顔は、魂が抜け出てしまったかのように真っ白に燃え尽きている。
「ま、ゲームは一日一時間だぞ。ほどほどにして寝ろよー」
俺は空になったグラスをシンクに置き、再び寝室へと戻っていった。
この時の俺は、まだ知る由もなかった。
彼らが夜な夜な熱中していた『ゲーム』が、ルナミス帝国が発行し、裏社会でゴルド商会がレバレッジ1000倍で運用している【L-Pay通貨オプション取引】――すなわち、異世界版『FX(外国為替証拠金取引)』だということを。
そして、その画面が意味するのが、単なるゲームオーバーなどではなく。
現実の『人生の終わり(多重債務)』であるということを。
平和なマイホームに、死蟲の一万の軍勢よりも恐ろしい『現代の悪魔(借金)』が牙を剥いた瞬間だった。




