EP 2
「底辺アイドル、温かい味噌汁に泣く」
「あ、あの……本当に良いんでしょうか……?」
我が家のリビングにある、ニトリで買ったフカフカのソファ。
そこにちょこんと座った少女は、落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回していた。
「いいよ。雑草食ってるやつを放り出せるほど、俺の肝は据わってない」
俺は苦笑しながら、キッチンに立つ。
『マイホーム』チートのおかげか、蛇口をひねれば普通に水(しかも浄水)が出るし、IHコンロの電源もバッチリ入った。
さらに驚いたことに、冷蔵庫を開けると、卵やネギ、豆腐といった「一般的な食材」がしっかりと補充されていたのだ。
どうやら『一般家庭の範囲内の品物なら出せる』という俺のスキルは、食材にも適用されるらしい。
これなら、月々のローン(金貨100枚)さえ払えれば、生きていくのに困ることはなさそうだ。
「それにしても、綺麗な青い髪だな」
「は、はいっ! 私は海中国家シーランの出身、人魚族のリーザと申します!」
ソファの上でピシッと背筋を伸ばし、リーザは名乗った。
「人魚族? じゃあ、もしかして足じゃなくて尾びれがあったり……?」
「陸に上がる時は、魔法で人間の足に変化させてるんです。私、どうしてもルナミス帝国でアイドルになりたくて……!」
「アイドル……ああ、だからあんなに服が」
よく見れば、ボロボロになっているとはいえ、彼女の服はフリルのついたステージ衣装のようだった。
しかし、アイドル志望の女の子が、なぜ人の家の庭で雑草を貪っていたのだろうか。
「……色々と、苦労してるんだな」
「うぅっ……パンの耳と茹で卵ばかりの生活には、もう疲れました……」
リーザが再びお腹を鳴らして俯いた。
俺は手早くフライパンを熱し、卵を流し込む。
ジュワァァァッ! と、食欲をそそる良い音がリビングに響いた。
「わぁ……っ!」
リーザが、鼻をヒクヒクさせながら身を乗り出す。
ネギ入りの卵焼き。
豆腐とワカメの味噌汁。
そして、炊飯器からよそったホカホカの白米。
「とりあえず、あり合わせだけど。食ってくれ」
「こ、こんなに豪華なご馳走……本当に、私が頂いても……?」
「いいから、冷める前に食えって」
リーザは震える手で箸(使い方を教えるとすぐに覚えた)を握り、まずは卵焼きをパクリと口に入れた。
その瞬間。
ポロポロ、ポロポロ……。
リーザの大きな瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい、大丈夫か!? しょっぱかったか!?」
「ひぐっ……ふぇぇ……っ! お、美味しいぃぃぃ……っ!」
リーザは号泣しながら、白米を口いっぱいに頬張った。
「あたたかい……っ! ご飯があたたかいですぅ! 卵がふわふわで、この黒い汁(味噌汁)も、お腹の底からポカポカしてきて……っ! 私、雑草とパンの耳以外の味、久しぶりに食べましたぁぁっ!」
「そ、そうか。ゆっくり食えよ、おかわりはあるから」
「うわああぁぁん! ダーリン! 私、一生ついていきますぅぅ!」
「いやダーリンってなんだよ! 卵焼き食わせただけだろ!」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、リーザはあっという間にご飯を三杯おかわりした。
よっぽど過酷な生活を送っていたらしい。
少しだけ、この理不尽な異世界転生を受け入れてやってもいいかな、という気がしてきた。
こんなに美味そうに飯を食ってくれるなら、作り甲斐があるというものだ。
「ぷはぁーっ! ごちそうさまでした! もう、お腹いっぱいです!」
食後の温かいお茶をすすりながら、リーザは満面の笑みを浮かべた。
なんだろう、この平和な空気。
35年ローンの重みも、婚約破棄のトラウマも、少しだけ癒やされていく気がする。
ドゴォォォォンッ!!!!!
「――え?」
突如、家全体を揺るがすような轟音。
俺が振り返ると、玄関の分厚いドアが、無残にも蹴り破られていた。
「な、なんだ!?」
土埃が舞う玄関。
そこに立っていたのは、両手にトンファーを構えた、一人の少女だった。
頭には、ピンと立った『兎の耳』。
しかし、その可愛らしい容姿とは裏腹に――彼女の服は、全身赤黒い『返り血』で染まっていた。
「はぁ……はぁ……っ」
兎耳の少女は、俺とリーザを一瞥すると。
そのまま糸が切れたように、玄関の床にバタリと倒れ込んだ。
「ダーリン! 血、血まみれの女の子が!」
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
駆け寄った俺の腕の中で、少女は微かに息を吐いた。
スローライフ開始、わずか一時間。
俺のマイホームは、早くも異世界のトラブルのド真ん中に引きずり込まれようとしていた。




