第一章『マイホーム転生と、雑草を食う人魚姫』
「35年ローン、異世界へ行く」
「他に好きな人ができたの。だから、結婚はできないわ」
それが、俺の人生のピークであり、どん底だった。
加藤真守。25歳。職業、しがない中学校の数学教師。
お見合いで出会った彼女の「新しい家が欲しいな♡」というおねだりに応え、都外れに新築の5LDKを購入した。
期間、35年ローン。
その契約書にハンコを押した、わずか一ヶ月後の出来事だった。
「……で、気づいたらここにいる、と」
俺は今、見知らぬ四畳半の和室にいた。
目の前には、コタツ。
そして、そのコタツに入りながら、芋ジャージ姿で缶ビールを煽っている自称・女神が一人。
「ぷはぁーっ! ったく、ヴァルキュリアの奴、いちいち説教が長いのよ……おっと」
女神ルチアナは、健康サンダルを突っ掛けた足でコタツの温度を調整すると、鼻をほじりながら俺を見た。
「大変だったわね~、35年ローン。でも安心して! あんた、選ばれたから」
「……何にですか」
「異世界転生よ。ほら、そこにあるガラポン回して」
言われるがままに、横にあった商店街の福引きで見るようなガラポンを回す。
カランコロン。
出てきたのは、金色の玉だった。
「おっ、大当たり! ユニークスキル『マイホーム』獲得ね! おめでとう!」
「マイホーム……?」
「そう。あんたが35年ローンで買ったあの5LDK、そのまま異世界に持っていけるわよ。電気も水道もWi-Fiも一生使い放題のチート仕様にしてあげたから」
マジか。
あの女のせいで一生背負うハメになった負の遺産が、まさかの最強の武器になるとは。
「あ、でもローンは引き続き払ってね」
「は?」
「異世界の通貨で、月々『金貨100枚』。月末までにルチアナ銀行に振り込むこと。滞納したら水も電気も止まるからよろしく」
「いや、ちょっと待って! なんで異世界に行ってまでローンを……!」
「月人君のライヴの遠征費とスパチャ代に決まってんでしょ! 推し活は金がかかるのよ!」
女神は逆ギレ気味に言い放つと、ドンッ! と俺の胸に重たい何かを押し付けた。
「とりあえず、丸腰じゃ死ぬから護身用にこれあげる。『王帝』っていう伝説の三節棍だから、適当に振り回して身を守りなさい。じゃ、いってらっしゃ~い!」
「おい、ふざけ……っ!?」
足元の畳が光ったかと思うと、俺の視界は真っ白に染まった。
――……。
次に目を開けた時。
俺は、見慣れた新築の「自宅の玄関」に立っていた。
「……夢、じゃないよな」
右手に握られた、金属製の三節棍。
そして、玄関のドアを開けると、そこは閑静な住宅街――ではなく。
どこまでも広がる青い空。
豊かな緑に囲まれた、のどかな村の風景だった。
遠くには、地球のものとは思えない巨大な山脈が見える。
「本当に、家ごと異世界に来ちまったのか……」
とりあえず、状況を確認しよう。
そう思い、庭先の芝生に足を踏み出した、その時。
カサカサッ。
庭の隅、生垣の陰で何かが動いた。
野生の動物か?
俺は『王帝』を構え、そっと近づく。
「……もぐっ。もぐもぐっ」
そこにいたのは、動物ではなかった。
透き通るような青い髪をした、信じられないほど美しい少女だった。
ただ、その服はあちこち破れてボロボロだ。
少女は、俺の家の庭に生えている『雑草』を、無心でむしって口に運んでいた。
「……えっ?」
俺の声にビクッと肩を揺らし、少女がこちらを振り返る。
瞳に涙を浮かべ、口の周りに泥と草をつけたまま、俺とバッチリ目が合った。
「あ、あの……!」
少女が、震える声で叫ぶ。
「ち、違います! これは決して泥棒とかではなくて! その、あまりにも美味しそうな草が自生していたので、つい……っ!」
グゥゥゥゥ~~~~……。
少女の言い訳をかき消すように、彼女のお腹から、雷鳴のような盛大な音が鳴り響いた。
「……」
「……うぅっ」
少女は真っ赤になって、その場にしゃがみ込んでしまった。
……なんだこの、圧倒的な不憫さは。
「……とりあえず、中に入るか?」
これが、俺と底辺アイドル人魚姫・リーザとの、最悪で最高の出会いだった。




