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EP 9

「伝説の武具『王帝』の無駄遣い」

「ククク……ハハハハハッ! 傑作だ!」

道化師の仮面を被った魔人ギアンは、腹を抱えて大爆笑した。

「魔力も闘気も、何一つ感じないただの下等生物が! そのサビれた鉄の棒切れで、この私を叩き潰すだと!? いいだろう、そのふざけた妄言ごと、貴様を微塵切りにしてくれるわッ!」

ギアンが身の丈を越える大鎌を振りかぶる。

その刃に、周囲の空間が歪むほどのドス黒い魔力が収束していく。一撃で家屋を丸ごと両断する、必殺の一撃。

対する俺は、ただ静かに右手の三節棍『王帝』を握り直した。

『護身用にこれあげる。「王帝」っていう伝説の三節棍だから、適当に振り回して身を守りなさい』

ルチアナ(芋ジャージの駄女神)の適当な言葉が脳裏をよぎる。

使い方も何も知らない。ただ、俺の頭の中にあるのは、Amazonで種から買い、毎日水やりをして育てた『甘彩トマト(糖度10度以上)』の無惨なケチャップ姿だけだった。

「種代とプランター代……合わせて2,980円(送料無料)……」

ギリッ、と奥歯を噛み締める。

「俺のささやかな楽しみを……よくもォォォォッ!!」

俺は野球のバットでも振るうかのように、渾身の力で『王帝』を薙ぎ払った。

その瞬間だった。

ゴオォォォォォォォォッ!!!

「――は?」

ギアンの嘲笑が、間抜けな声で途切れた。

俺が振り抜いた『王帝』の先端から、三つの極光がほとばしったのだ。

黄金に輝く天使の【聖気】。

漆黒に渦巻く魔族の【魔力】。

そして、白銀に燃え盛る人間の【闘気】。

神話大戦の三勢力の力が一つに混ざり合い、それは巨大な『光の龍』の姿となって顕現した。

伝説の必殺技――『王龍波おうりゅうは』。

「な、なんだこれは!? 馬鹿な、人間からこれほどの力が――」

光の龍は、咆哮を上げながらギアンに向かって一直線に突撃した。

パキンッ!

ギアンが絶対の自信を持っていた大鎌が、飴細工のようにあっけなく粉砕される。

「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!? 待て、タンマ! 私はただトマトを踏んだだけでッ――!!」

ズギュウゥゥゥゥゥンッ!!!

悲鳴は、轟音にかき消された。

光の龍はギアンを丸のみにすると、そのままポポロ村の森を一直線に削り取りながら、遥か彼方の山脈まで彼を吹き飛ばしていった。

龍が通り過ぎた跡には、森が真っ二つに割れた、巨大なクレバス(地割れ)だけが残されていた。

夜空を覆っていた分厚い暗雲すらも綺麗に吹き飛び、再び美しい満月が顔を出している。

「…………」

静まり返るマイホームの庭。

「オーウ……。ボスは、現人神ゴッドだったのデスネ……」

ニコラスがショットガンを取り落とし、その場に膝をついて十字を切る。

「……LAPDの教官に教わった。本当にヤバい奴は、普段は一番温厚な顔をしているとな」

鮫島が、震える手でタバコに火をつけようとして、ライターを三回落とした。

「マ、マモル……お前、そんな化け物じみた力を……」

キャルルとイグニスに至っては、顎が外れそうなほど口を開けて固まっている。

当の俺はといえば、手の中にある三節棍を見て、ただ首を傾げていた。

「……なんだこれ。すげぇ反動だな。肩外れるかと思った」

というか、トマトの恨みで撃っていい火力じゃなかった気がする。

あのピエロ野郎、跡形もなくなっちゃったんじゃないだろうか。

 ◇ ◇ ◇

――マイホームから数キロ離れた、森の奥のクレーター。

「ガハッ……ゴホッ……! ゲホォォッ!!」

全身黒焦げになり、仮面が半分砕け散ったギアンが、ピクピクと痙攣しながら煙を上げていた。

生きてはいる。だが、魔王軍の幹部としての誇りも、恐るべき魔力も、すべてあの『理不尽な光の龍』によって消し飛ばされていた。

「バ、バカな……。私の絶望のパレードが……。こんな、こんな田舎村の……トマトの恨みで……っ」

這いつくばりながら、涙と鼻水で顔をグシャグシャにするギアン。

その時、ザクッ、ザクッと、草をかき分ける足音が近づいてきた。

(……追撃か! くそっ、もはや指一本動かせん……!)

ギアンが絶望に目を閉じた、その時。

「あ、生きてた。良かったーっす」

ひどく間延びした、呑気な声が降ってきた。

ギアンが恐る恐る目を開けると、そこには、コンビニの制服のような服を着た青年――佐須賀さすがが立っていた。

そして、その手には、なぜか湯気を立てる『特大カツ丼』が握られている。

「腹減ってるっすか? 加藤先輩、怒ると怖いんすよねぇ。俺も前、コンビニのバイトで廃棄の弁当つまみ食いした時、めちゃくちゃ怒られましたもん」

佐須賀は、ボロボロのギアンの前に、スッと割り箸を添えたカツ丼を差し出した。

「お兄さん、とりあえずこれ食って元気出してくだせぇ。あ、でもタダじゃないっすよ?」

「な、なんだと……?」

佐須賀はニッコリと、どこまでも爽やかな笑顔を浮かべた。

「俺、善行ポイント貯めてるんすよ。このカツ丼食ったら、マイホームの『皿洗い(1ポイント)』と『溝掃除(50ポイント)』、手伝ってもらいますからね?」

「……は?」

死蟲軍・指揮官、魔人ギアン。

世界を恐怖に陥れるはずだった彼は、黄金の卵でとじられたカツ丼の匂いを前に、抗いがたい空腹と敗北感に包まれ――。

静かに、己の負けを認めて割り箸を受け取った。

「……皿は、ピカピカに磨けばいいのか……?」

「はい! スポンジは先輩の家のシンク下にありますんで!」

最強の居候たちによる『過剰な害虫駆除』は、こうして拍子抜けするほどの完全勝利で幕を閉じたのだった。

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