EP 6
「経済ヤクザの火事場泥棒」
「……あかん。こら、さすがに数が多すぎまっせ」
窓の外、村を包囲する一万の『死蟲機』の軍勢を見下ろしながら、ニャングルが煙管の火を消した。
赤く蠢く無数の複眼。
鋼鉄の羽が擦れ合う、耳障りで不気味なノイズが夜の闇を支配している。
ポポロ村の住人たちはすでに地下シェルターへ避難を完了しているが、地上に残っているのは俺のマイホームと、このイカれた居候たちだけだ。
ジリリリリリリッ!!
その時、リビングのテーブルに置かれていた『魔導通信石(電話のようなもの)』が、けたたましいアラーム音を鳴らした。
執事のリバロンが、優雅な手つきでそれを取り上げる。
「はい、こちらポポロ村村長代理、リバロンです」
通信石の空中に、青白いホログラム映像が浮かび上がった。
そこに映っていたのは、ルナミス帝国の内務卿オルウェル、レオンハート王国の内務官サイラスをはじめとする、三大国のトップ官僚たちの緊迫した顔だった。
『――通達する。天魔窟の封印が破られ、死蟲王サルバロスの軍勢が一万の規模でそちらへ向かっている。我々三大国は、防衛ラインを自国国境まで後退させる。ポポロ村は……見捨てる』
オルウェルが、機械のような冷酷な声で告げた。
「おいおい! 見捨てるってどういうことだ!」
俺が通信石に向かって叫ぶが、獣人王国のサイラスが首を振った。
『致し方ありません、加藤殿。死蟲機は物理攻撃を弾き、魔法陣を食い破る神話時代の悪魔。それが一万匹……もはや、ポポロ村は数分後に地図から消滅します。せめて皆様の魂に、大いなる神の御加護があらんことを』
三国は完全に俺たちを見限り、通信を切ろうとしていた。
だが、その通話を強制的に引き留めたのは――黄金の算盤を弾く、猫耳の商人だった。
「ほっほー。見捨てるんは勝手やけど、あんさんら、自国の防衛ラインでアレ(一万の軍勢)を防ぎきれる自信、おますの?」
ニャングルが、通信石のカメラにニヤリと笑いかける。
『……なんだと?』
「ウチら(ポポロ村)には、ついさっきアレの斥候を『一撃』で完全沈黙させた、未知の対蟲・広域殲滅魔導兵器がおまんねん。……なぁ、リバロンはん」
「ええ。こちらをご覧ください」
リバロンが白手袋に包まれた手でうやうやしく掲げたのは――先ほど鮫島が『G』を仕留めるのに使い切った、Amazon産『アースジェット(プロ用特大サイズ)』の空き缶だった。
「これぞ、加藤様が異空間から召喚した神話級の霊薬……『A・S・JET』でございます。これさえあれば、死蟲の装甲など紙切れ同然に溶け落ちます」
『な、なんだその不気味な円柱形のアーティファクトは……! 見たこともない文字(日本語)が刻まれている!』
ホログラムの向こうで、三国のトップ官僚たちが息を呑む。
俺は慌ててリバロンの耳元に囁いた。
「おいバカ! それただの殺虫剤(780円)だぞ! しかもさっき使い切って空っぽじゃねえか!」
「お静かに、加藤様。今から『ぼったくり(ビジネス)』の時間です」
リバロンは俺の口を片手で塞ぎ、完璧な営業スマイルを通信石に向けた。
「現在、加藤様の手元にはこの『A・S・JET』の予備が大量にございます。我々ポポロ村が、この兵器を用いて死蟲を一掃し、防波堤となることも可能ですが……当然、タダというわけにはいきません」
ニャングルが、ジャラッ! と算盤を大きく弾いた。
「この『A・S・JET』の独占卸売契約。および、ポポロ村による三国防衛の特別委託費。……ざっと、金貨十万枚(約10億円)っちゅうとこで、手を打ちまひょか?」
『き、金貨十万枚だと!? 足元を見るにも程があるぞ、貴様ら!』
オルウェルが激昂するが、ニャングルはどこ吹く風で煙管を吹かした。
「嫌ならええんでっせ? ウチらはこの『マイホーム』の絶対防壁に引きこもって、死蟲の群れが三国の国境を食い破るのを、高みの見物させてもらうだけやから」
窓の外では、死蟲機の巨大な鎌が木々をなぎ倒す音が、徐々に近づいてきている。
時間が無い。ここで軍勢を素通りさせれば、三国に甚大な被害が出るのは火を見るより明らかだった。
『……っ! くそっ! 足元を見おって……! 支払う! その十万枚の契約、ルナミス帝国が呑もう!』
『レオンハートも同額を出す! だから一匹たりともこちらへ通すな!』
ホログラムの向こうで、国家予算が動く音がした。
三国を手玉に取る、極悪フィクサーたちの独壇場だった。
「まいどありーっ!」
ニャングルが満面の笑みで通信石を切り、リバロンが恭しく一礼する。
「さて、加藤様。軍資金はたっぷり確保いたしました。……あの虫ケラどもの処理、お願いいたします」
「……お前ら、マジで血も涙もねぇな」
俺はため息をつきながら、Amazonのアプリを開き、『アースジェット』を30本(お急ぎ便)追加注文した。
もちろん、翌日配送を待つまでもない。玄関の空間の裂け目から、段ボール箱がドサドサと落ちてくる。
「ユーゴ、ニコラス! 予算(弾代)は下りたぞ! 弾薬無制限を許可する! ついでにこの殺虫剤も持ってけ!」
俺の号令に、リビングで待機していた二人の元SWAT隊員が、ギラリと猛禽のような目を光らせた。
「コピーザット。たっぷりボーナスは弾んでもらうぜ、ボス」
「オーウ、バグズ・ハンティングの時間デスネ!」
鮫島がSCAR-Hのボルトを引き、ニコラスがベネリM4にスラッグ弾を装填する。
そして、彼らの後ろでは、キャルルがトンファーを構え、イグニスが巨大な両手斧に紅蓮の炎を纏わせていた。
「庭の芝生と、家庭菜園のトマトだけは絶対に踏ませるなよ!! 行けェェッ!!」
俺の貧乏くさくも切実な叫びと共に、マイホームの玄関のドアが蹴り開けられた。
世界を恐怖に陥れる死蟲一万の軍勢と、規格外の居候たちによる「ただの害虫駆除」が、今、始まろうとしていた。




