EP 3
「シリアスな怪人、ギアンの絶望計画」
光の届かない地下深く。
死蟲王サルバロスが眠るダンジョン『天魔窟』の最深部にて、その男は道化師の仮面の奥で、三日月のように口を歪めて笑った。
「ククク……素晴らしい。やはり人間という生き物は、絶望に顔を歪めた瞬間こそが、最も美しく、魂が甘く熟す……」
死蟲軍・指揮官、魔人ギアン。
身の丈ほどもある巨大な大鎌を軽々と弄びながら、彼は玉座から見下ろした。
彼の眼下に広がっているのは、地獄そのものだった。
強酸を滴らせる『死蟻型』、猛毒の針を研ぐ『死蜂型』、そして森の木々を容易く切断する『死蟷螂型』……。
鋼鉄の装甲と殺戮の本能のみを持つ一万の蟲の軍勢が、不気味な駆動音を立てて蠢いている。
「さて、復活の贄となる最初の舞台は、どこにしようか?」
ギアンは、手品のように指先から細い糸を出し、空中にマンルシア大陸の立体地図を浮かび上がらせた。
ルナミス帝国、レオンハート王国、アバロン魔皇国。
大国の防壁をいきなり叩くのも一興だが、それでは「恐怖の伝染」が美しくない。
真の絶望とは、辺境の平和な村が、理解不能な暴力によって理不尽に蹂躙されていく様を、大国の者たちに特等席で見せつけることにある。
「おや……? 三大国の国境の狭間に、ちょうど良い『極上の贄』があるではないか」
ギアンの指先が、地図の小さな点を指し示した。
――緩衝地帯、ポポロ村。
「ふふふ、決定だ。我が愛しき蟲たちよ。このポポロという無防備な村を、一匹残らず喰い尽くせ」
ギアンは、芝居がかった手つきで両手を広げ、天を仰いだ。
「人間どもよ、泣き叫べ! 己の無力さを呪い、恐怖に顔を歪ませながら、我らが王の糧となるのだ! さぁ、絶望の狂宴の幕開けだァァァッ!!」
一万の死蟲機たちが、主の号令に応えるように、鼓膜を劈くような不快な金属音を一斉に響かせた。
それは、ポポロ村の完全なる『死』を宣告する、破滅の足音だった。
◇ ◇ ◇
――同時刻。ポポロ村、加藤真守のマイホーム。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!!??」
絶望の悲鳴が、リビングに響き渡っていた。
「ひぃぃぃっ! 無理無理無理! 早くなんとかしてください、ダーリン!!」
「マモルゥゥ! 奴だ! 黒き悪魔が結界(網戸)を抜けて侵入したぞ!!」
リーザ(人魚姫)が半泣きで俺の背中にしがみつき、キャルル(月兎族の狂戦士)がソファの背もたれの上に避難してガタガタと震えている。
竜人のイグニスに至っては、あまりの恐怖に白目を剥いて壁の隅で体育座りをして固まっていた。
「落ち着け! ただの虫だろ!」
「ターゲット、高速で移動中! TVモニターの裏へ退避した!」
俺の叫びを遮るように、怒号が飛ぶ。
ピンク色のウサギさんスリッパを履いた鮫島(元SWAT)が、SCAR-Hを構えたまま床をスライディングし、テレビ台の横にカバー(遮蔽)を取った。
「ジーザス! 信じられない機動力デス! ユーゴ、ショットガンの使用許可ヲ!」
「待てニコラス! 射線上に民間人(ルナ姫)がいる! 撃つな!」
ニコラスがベネリM4の銃口を向けた先では、エルフのルナ姫が「わぁ、黒くてテカテカしてて早ーい!」と無邪気に拍手をしている。
「おいお前ら、冗談だろ……? 銃を下ろせ! 家の中で実弾ぶっ放す気か!?」
「ボス、下がれ! 奴の動きは『LAPD SWAT 戦術マニュアル』のどのパターンにも当てはまらない! 予測不能の軌道を描く、極めて危険な生命体だ!!」
鮫島は、額に大量の脂汗を浮かべながら、コーヒーキャンディをガリッと噛み砕いた。
百戦錬磨の特殊部隊員をここまで追い詰める『黒き悪魔』。
それは――。
カサカサカサッ!
「出た! 奴だ!」
テレビの裏から飛び出してきたのは、体長わずか数センチ。
黒光りする流線型のボディと、二本の長い触角を持つ、あの忌まわしき昆虫。
(※実は死蟲王の放った『極小偵察型デスマキナ』なのだが、地球人から見ればただのアイツである)。
――そう、通称『G』である。
「死ねェェェッ!!」
「やめろォォォッ!! まだ34年と11ヶ月ローンが残ってんだよォォォッ!!」
魔王の軍勢が一万の軍勢で攻めてきていることなど知る由もない。
俺の愛するマイホームでは今、一匹の『G』を巡る、人類と元SWATの存亡を懸けた不毛すぎる防衛戦(CQB)が幕を開けようとしていた。




