EP 2
「マイホーム防衛戦術(CQB)」
「カッティング・パイ(死角の確認)よし。……キッチン、クリア!」
「リビングルーム、クリア! ターゲット(不審者)なし!」
俺の家の5LDKに、プロフェッショナルな怒号と素早い足音が響き渡っていた。
塩むすびと豚汁で腹を満たした鮫島とニコラスは、食後のコーヒー(インスタント)を飲み終えるなり、突如として愛銃を構え、家の中の『制圧訓練』を始めやがったのだ。
「素晴らしい構造だ……」
鮫島は、廊下の隅に背中を預けながら、SCAR-Hの銃口をゆっくりと動かし、感嘆の息を漏らした。
「この直線の廊下。侵入者にとっては身を隠す場所がない、完璧な『致命的な漏斗』として機能している。それにこの窓ガラス……二重構造になっているな。爆風や小口径の弾丸なら容易に弾き返す防弾仕様だ」
「オーウ。和室の扉も最高デス。スライド式は開閉時に音が出ず、ドアの軌道上に立つリスクがない。究極のステルス建具デスネ!」
真面目な顔(フル装備)で、日本の一般的な住宅様式をベタ褒めする特殊部隊員たち。
「……あのさぁ」
俺は額に青筋を浮かべながら、手にした丸めた新聞紙で、鮫島のケブラーヘルメットをスパーン! と引っ叩いた。
「ただのペアガラスとふすまだよ! あと、一番言いたいのはな……家の中で土足で上がるなァァァッ!! 今日フローリングにワックスかけたばっかりなんだぞ!!」
「……ッ!? しまったニコラス、ここは『東洋の聖域』か! 我々はなんという初歩的なミスを!」
「ジーザス! すぐにパージ(脱衣)しマース!」
二人は慌てて玄関に戻り、素早くブーツを脱ぎ捨てた。
そして、俺が100均(Amazon産)で買っておいた『ウサギさんマークの来客用スリッパ』を無言で履き、再び鋭い眼光でアサルトライフルを構え直した。
全身漆黒のタクティカルギアに、足元だけピンクのウサギさんスリッパ。
これほどまでに殺意が湧かない特殊部隊がいるだろうか、いやない。
「……なんだあいつらの動き。一切の無駄がないぞ」
「ああ。あの『すりっぱ』なる奇妙な拘束具を足につけながら、まったく足音を立てていない。……あの黒服の男たち、只者ではないな」
リビングのソファから、キャルル(月兎族)とイグニス(竜人)が、ゴクリと唾を飲んで二人を観察している。
……いや、お前らも感心してないで止めろよ。
「ボス。この『ウォシュレット』と呼ばれる純白の防衛装置だが……」
今度はトイレの中から鮫島が真剣な顔で顔を出した。
「水圧を最大まで引き上げれば、敵の眼球を破壊する非致死性兵器として使えるな? 素晴らしい設計だ」
「ケツを洗うための機械だよ! トイレの中で銃を構えるな!」
もうツッコミが追いつかない。
彼らの『LAPD SWAT 戦術マニュアル』という聖典は、日本の平和なマイホームの前では完全にバグを起こしているらしい。
「まぁまぁ、加藤の兄さん。彼らもプロですからな。警備を任せとけば、この家は文字通り『難攻不落の要塞』でっせ」
ニャングルが算盤を弾きながら、お茶をすすって笑う。
「……まぁ、家を守ってくれる気があるなら、いいけどさ」
ドッと疲労感を感じながら、俺はソファに深く腰掛けた。
横では、リーザ(人魚姫)が「ダーリンのお家、楽しい人たちがいっぱいですねぇ!」と笑いながら人参をかじっている。
外はすっかり日が暮れていた。
クーラーの効いたリビングに、テレビのバラエティ番組の音が流れる。
相変わらず、平和なスローライフだ。
――だが。
この『最強のマイホーム』の敷地の外。
ポポロ村を取り囲む暗い森の奥深くで、それは静かに、確実に這い寄っていた。
◇ ◇ ◇
カチ、カチ、カチ……。
無機質で、冷たい金属音が森に響く。
月明かりに照らされたそれは、おおよそ『生命』と呼べる代物ではなかった。
体長およそ3メートル。
全身を黒光りする鋼鉄の装甲で覆い、両腕にはノコギリのようにギザギザとした巨大な『鎌』を備えている。
神蟲魔大戦の折に敗れた、死蟲王サルバロスの眷属。
――『死蟲機・死蟷螂型』。
ギィンッ!
死蟷螂型が腕の鎌を無造作に一振りすると、直径一メートルはあろうかという大樹が、音もなく両断されて滑り落ちた。
『ピィィィ……生体反応、多数確認。コレヨリ、蹂躙・殲滅・魂ノ回収ヲ開始スル』
赤く発光する複数の複眼が、森を抜け、ポポロ村の灯りを――そして、加藤の『マイホーム』を真っ直ぐに捉えていた。
ただの害虫などではない。
触れれば最後、人間の肉体など一瞬でミンチに変える、殺戮の機械生命体。
そして、この死蟷螂型は、背後に控える『一万の蟲の軍勢』の、ほんの小さな斥候の一匹に過ぎなかった。
ポポロ村の平和な夜に、かつてない『絶望』の足音が忍び寄っていた。




