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果てなき旅の、その果てで。  作者: 甘い卵焼き
第五章 トワイライト
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第54話『そんな関係』

 酷く吹雪いている。

 強風にあおられて、雪の一粒一粒が俺の体の表面を冷たく切り裂いていく。

 体内と外気温の差に、頭が痛くなる。


「……来る」


 ソマさんのそんな一声と共に、またあのイヤな鈴の音が鳴る。

 もといた場所から南方向に数百メートルは吹き飛ばされたはず。

 いくらなんでも疾すぎる――。


「うぐっ……!!」


 何かを察したように唸り声をあげ、ソマさんは剣を構えた。

 瞬きをする間にその手元から剣は消え去って、後ろからドスッと木に剣が刺さる音が聞こえる。

 つられて後ろを見たはずだが、いつの間にか俺の眼前には地面があり、そのまま地面に突き刺さった。


「かはっ……」


 地面に倒れた俺の背中に、足が乗せられるのが分かった。


「いくらなんでもよわよわすぎない? どうやらキミたちはあたしの求めてた存在じゃないみたい」

「何を……言っている。この調査隊で一番強いのはボクだ」

「なら、ざんねーん。ちょっとがっかりかなぁ」


 俺の上に乗る彼女から、小さく何か言葉が発せられた。


「ここにいるはずなんだけど」

「探し物でもしてんのかよ……!」

「盗み聞きはよくないなぁ白髪くん」


 ガンッと鈍い音が鳴り、俺の頭はさらに深く地面に埋まった。

 生温かい液体が顔をつたうのが分かる。


「おっと」


 女の足は俺の体から退けられ、同時にソマさんのものであろう舌打ちが響く。


「いいトコ狙うねぇ。そういう能力なのかな?」


 動けるようになり、俺は即座に頭を地面から抜いて周りを見る。

 後ろの木へ飛んだはずの剣はソマさんの手におさまっていて、あの女と彼の距離は五メートルほどだった。

 ソマさんがあの女の問いに答えるわけもなく、数秒間を空けてこの戦場に金属音が鳴り響く。


「お前……! 剣も…!?」

「まぁ習ってたしぃ、ある程度の戦闘術は身についてるけど」


 あの女の手首から伸びる赤いなにかで作られた剣が、ソマさんの剣と鍔迫り合いを繰り広げていた。

 彼女の剣は一瞬のうちにその剣は変形し鎌となり、ソマさんの首筋を襲う。


 パリンッと硝子が割れるような音が鳴った。

 あの女の鎌だったものは液体となり地面に落ち、今度はソマさんの剣が女の首筋を襲う。


「わお」

「これも当たらない……!」


 女はひらりと身を翻し、華麗に宙を舞う。

 踊るようにしなやかでいて、ナイフのように鋭い。


「噛み合ってないなぁ」

「……なに?」


 女は戦闘中なのにも関わらず座り込み、口に手を当てる。隙だらけに見えるが、ソマさんは動かない。


「あたしに向けての攻撃は良い感じなんだけど、あたしから攻撃されるときはどうも微妙。得意分野が攻めって言われても納得できないくらいにね」


 俺から見ていて、彼の攻撃も防御も文句のつけようがない。

 何より彼はA+級。そこら辺の冒険者とは一線を画すランクに位置している。


「魔物は高ランクじゃないと頭悪いし、その程度の防御技術でも何とかなってきたんだろうけど……」

「……何が言いたい」

「キミの能力は最適解が見える能力、なんじゃない? 例えばぁ……今、あたしの胸のあたりが光って見えている、とか」


 ソマさんはギリっと歯を鳴らし、女を睨みつけた。

 その顔には焦り。戦闘において自分の手の内を明かすのは悪手だが、女はもう確信していた。

 彼の能力を隠し通すことは、今の短い戦闘のみで不可能となった。


「ソマさん……」

「どこまで見えている」

「キミが見えそうなところは全部、かな。あたしの隙はあたしが一番よく分かってるし。時には隙を見せることも、殺しの必須テクニックってね!」


 女は踏み込んだ。そうして、舞った雪とともに姿を消した。

 俺は女を探して視線を動かし、ソマさんも消えていることに気付く。

 直後離れた場所から轟音が響き、地面が揺れる。

 それがあの二人の戦闘によるものだと、本能が理解する。


「こんだけボロボロにしちゃえば、このあとを耐えるのは厳しいかな」


 ぼたぼたと液体が垂れる音、女の鈴の音と声がすぐ後ろから聞こえる。

 すぐさま振り向くと、ボロボロのソマさんの髪を掴む女の姿があった。


「ソマさん!!」

「キミは――」


 視界に捉えていたはずの女の姿は消え、俺の耳元から声が鳴る。

 全身の細胞が萎縮するような感覚に襲われ、唾を飲んだ。


「弱いし、良いかな」


 そう言い残して女は消えた。

 吹雪と静寂が残された空間には、俺とソマさん二人だけ。

 俺は力が入らない片足を引き摺り、地面に崩れたソマさんのもとへ移動する。


「ソマさっ……ん」

「致命傷は外した。拙い防御技術でどうにか攻撃をずらして、な」


 大丈夫だ、と片手をひらひらあおいで、そう言った。

 彼の首筋に引っかき傷のように抉られた跡がある。

 これは多分、もともと彼の大動脈を狙ったもので、それをどうにかずらしたということだろう。


「何も……出来ませんでした」

「気に病むなよ、ボクも一撃さえ当てさせてもらえなかった」


 ぽんと俺の頭に手を置いて、ソマさんは深くため息をつく。

 息を整えるように。何かを吐き捨てるように。


「集中力を切らすなよ。どうやら……あの女から置き土産があるらしい」

「置き土産……?」


 ソマさんは山の方向を見る。

 俺も追うように視線を動かすと、遠くの木の上に人間が立っているのが見える。

 なるほど、置き土産、か。

 ソマさんをボロボロにしたのも、この後に起こる戦いを緊迫したものにするためだろうか。

 遠くから俺達を見て楽しむような女、そう言われれば納得出来る。

 拮抗した戦いのほうが面白いという考え。

 俺を残したのも……。


「無理はしないでくださいね」

「まさか。ボク一人でも負けないね」


 二人で同時に立ち上がり、あの木を見る。

 あの上にいた人間がいなくなっているのを確認して、全神経を研ぎ澄ませる。

 音……感触……。

 今。


「やるじゃないか」


 俺の振るった拳は見事敵のみぞおちをとらえ、空中へと吹き飛ばした。

 十メートルほど飛んだ敵は身を捻って木の上に着地し、直後に枝を蹴ってソマさんの方へ跳んだ。


 ズバッと剣を振るったが虚しく、敵の服を斬り裂いて命中はしなかった。

 疲弊しきっているのがわかる。あの出血量に運動量ならそうなるのもおかしくない。

 だから俺は『残された』んだ。あの女に。

 どこで見ているのか知らないが、あの女が望む展開にはさせない。


「うらぁっ!!」


 まずは全力の蹴りを命中させ、飛ぶ先に合わせて拳を振るう。

 さらに胴を殴り、頭、脚、頭……。


「はぁああぁ゙っ!!」


 仮面ごと敵の鼻を撃ち抜いて、俺はその場に崩れる。

 足に力がはいらない。


「はっ……はぁ……はあっ……」


 目の前に崩れた敵を見て、安堵する。

 気を抜けば気絶しそうなほど頭がグラグラして呼吸が整わない。


(か、勝った……! 俺一人で……)


 地面の雪の冷たさが心地よく感じた。

 座り込んだままソマさんのほうを振り返り、笑う。


「や、やりましたぁ……」

「……ふはっ。そうだな、キバ。よくやった」


 この土壇場でやり遂げたという事実に高揚して、目を閉じる。

 震える足で立ち上がり、木にもたれる。

 息切れがおさまらない、瞬きをしたそんな一瞬。

 俺の体は突き飛ばされた。


「――うぁ」


 踏ん張りがきかずそのまま転び、突き飛ばされた方向を見る。

 さっきの敵の首がはねられる瞬間を目撃した。

 同時に。

 ソマさんの左腕が切断される瞬間も。


「――あ」

「ぐぅっ……!」


 ソマさんはその痛みに近くの木に体を預ける。

 ――これは俺のせいだ。

 俺がよく見えもしない状態で、勝手に勝ったと判断したから。

 相手が動けない状況になるまで気を張らなかったから。

 俺の油断が招いた俺の死を、彼が庇った。

 左腕一本を犠牲にして、俺を助けた。


 状況が整理されていくほど、俺の呼吸が荒くなる。


「ソ、ソマ、さ――」

「怪我はないか、キバ」


 脂汗をかいて腕をおさえる人間から出るとは思えないほど、優しい声。

 嫌だ――。

 俺のせいで……。

 俺みたいなやつを庇ったせいで……。


「す、すみませ――」

「安心しろ、死にはしない」


 何も分かっていない。

 なんで俺を責めてくれない?

 俺のせいで、あなたは左腕を失ったのに。


 俺を責め立ててくれればそれで気持ちが軽くなるのに――。


(――って、なんだよそれ)


 結局自分のため?

 俺の罪悪感を和らげるために、俺はこの人に責め立ててほしいのか?

 ……自分がこんな人間だと思わなかった。


「……やっと、救助が来たみたいだ」


 何も言えなかった。

 これ以上何かを喋れば、俺のなかの何かが崩れてしまうような気がした。


 救助に来たグルガさんや他のA+級の方達が、俺達二人を丁寧に処置してくれた。

 任務は中断となり、怪我の処置を終えると俺達は竜車に乗った。

 治療者に大抵の傷は治されたが、四肢の欠損をしたソマさんのことを治せる能力者はここに存在しなかったらしい。

 出血がひどく治さなければ死んでしまう状況にあったソマさんは四肢の回復より傷口の対処を優先され、その傷口は塞がってしまった。


 もう二度と彼の左腕は戻らない。

 今の技術じゃ、彼を元通りにすることは不可能だった。

 この場にチルドのような能力者がいれば、その左腕を元通りに治療できたかもしれない。


 治療者のランクは能力内容だけでなく、魔力量や現場判断力なども問われる。

 A+級の治療者の判断は確かに適切で、彼の命を最優先にしたものだった。


「キバ君?」

「……シズク」


 俺の傷は脚以外は比較的浅く、大半をシズクが治療してくれた。

 シズクもまた、四肢の欠損を治せる治療者ではない。


「まだどこか痛むのかしら? 治せたはずだけど……」

「そんなんじゃない」


 自分の体が痛んだとしても、きっとそんなもの気にならない。

 彼に何も言えず竜車に乗ってしまった自分を、殴り殺したくなった。


ーーーーーーーーーー

「キバ。着いたよ」

「……あ、あぁ」


 ぼーっとしていると、サキに声をかけられ、降車を促された。

 ……もうグランベリアに着いたのか。

 帰りの時間は一瞬のように感じた。


「もう暗いね」

「そうだな」


 会話もどこか上の空で、ろくに返事もできず俺は帰路についた。

 いつも通りの優しい笑顔で冒険者たちと話すソマさんに、俺は結局声をかけられなかった。

 忙しそうだったし彼と話せなかった。

 言い訳のような考え、そんな事実。

 対話できないことに少しホッとした自分がいることにますます腹が立った。


「お疲れ! じゃあ俺らこっちだから!」


 第二小隊以外のみんなと別れて、俺たちは『五人』で家を目指した。

 激動の第二回目調査任務はアレクさんを含め死者九人、治療不可負傷者四人で幕を閉じた。

ーーー

「ご飯まではもう少しかかるから、それぞれ時間潰してくれるとありがたいわ」


 今日はアイさんとクロムが食事当番だった。

 夕食を待つ間に風呂に入り、気分を晴れさせようとした。

 一向に霧散しない心のモヤが俺を埋め尽くして、長湯出来ずに俺は風呂を出た。

 外の空気に当たれば、少し変わるだろうか。

 帰りの道のりの途中で止んだらしい吹雪は、雪が積もりにくいグランベリアに少しの雪を残した。

 本格的に寒波が到来しそうな雰囲気だが、どうでもいい。


(湯冷めする……かもしれない)


 俺はコートを着て外に出た。

 乾かさないで濡れたままの髪に冷たい空気が染み込んで、どこか心地良い。


「キバ・アクロセス」


 その声に、俺は歩みを止めた。

 家を出て五十メートルくらい。

 人目につかない、薄暗い路地の中。


「なにしに……来たんだ。シロ」


 ごちゃごちゃに混ざった感情の中で、一つの感情が沸々と湧いてくるのがわかった。

 ……抑えなければ。


「お前、さぁ」


 アレクさんの死は俺がソマさんに、シロの裏切りを伝えなかった責任でもある。

 だから、俺がこいつのことを責められる立場じゃない。


「どんな気持ちであの場にいたんだよ」


 抑えろ。抑えろ、抑えろ。


「キ――」

「うるっせぇ!!!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 それでも一度溢れ出した感情が引くことはない。


「お前、なんなんだよ! 馬鹿にしてんじゃねぇぞ!? 今まで第二小隊にいたくせに、アレクさんの死になんも思わねぇのかよ!!!」


「……それは――」


「お前はつよいから仲間なんて要らねぇんだもんな! あの人のこと大して知ろうとしないで、挙句お前の仲間があの人のこと殺して!!」


 こんなにも言いたいことが山ほどあるのに、シロの顔を見れない。

 それはきっと、どこかで自分に責任があると自覚しているからで、俺がシロを責めれる立場じゃないと分かっているからで。

 それでも尚、こんなにもシロを責める言葉が軽々と口から放たれていく。

 意味が……わからない。


「そんな人間が俺に何を言いに来たのかって聞いてんだろうが! 用件が無いわけないだろ!? 俺たちの関係はそういうもんなんだろうが!!」


「……なにもないわ。言いたいことなんて。……さようなら」


 足音が遠ざかって行った。

 あいつの行動も自分の言動も、何もかも理解できない。

 俺はシロが裏切ったことに不信感を覚えて、それでも仲間だと思っていて。アレクさんの死がシロのせいだと思っている自分がいて、それに怒りの感情が湧いて。俺に責任があることを分かっているのに人を責めれる自分が気持ち悪くて、俺のことを責めてくれなかったソマさんのことも意味がわからなくて。


 こんなごっちゃごちゃな頭ん中じゃ……何も考えられない。

 ……なんで、俺みたいな奴が生還したんだろう。


ーーー

「いただきます」


 明るくそう言ったのはアイさんとクロムだけだった。

 俺を含む他の三人は各々が、別の理由で言葉を発せなかった。


「……」


 カチャカチャと食器とスプーンが当たる音が聞こえて、普段は聞こえないような時計の秒針の音が聞こえて。

 静まり返った空間にコハクが鼻をすする音が響いた。


「うっ……ぐす」


 その顔を見ることはできなかったが、コハクは確かに泣いている。

 俺はみんなにどんな顔をすればいいのかわからなくて、顔を上げられない。みんなの目を見れない。


「……アレクがいないとこんなに、静かなのね」

「アレクさんの死で、みんなの気持ちも沈んでるっすから」


 アイさんとクロムは会話を続けた。

 明るく取り繕った声の奥にはやっぱり悲しさとか寂しさとかがあって、この場でシロ以外が全員、同じ気持ちなんだと分かる。

 悲しみを共有することはそれを解消するための手段として知られている。


「キバくんやコハクちゃんは……見ればわかるけれど、シロちゃんはどう?」

「なに?」


 シロは、珍しくすぐ質問に応答した。


「アレクさんが死んで、少しは悲しいっすか?」

「……分からない」


 クロムの質問に、シロはそう答えた。

 ちっとも悲しくないとは言えない雰囲気。少し空気を読んだだけなんだろうな。

 初任務の洞窟のときはあんなにサラッと嘘をついたくせに、こういうときは完全な嘘を言わないんだな。


 机の下でクロムの手に力がはいるのが分かる。

 そんなクロムの太ももに、アイさんの手が置かれた。

 シロの答えがクロムにとって、少し許せないものだったんだろう。きっと今のクロムの顔からは怒りを感じられるんだろうな。


「そう、シロちゃんらしいわね」

「……そうっす、ね」


 それ以降、俺達は会話をすることはなかった。

 ただ静かに、食べ終わったやつから食器をかたして、俺は自分の部屋に戻った。


ーーー

「ぐす……うぅう……ズビッ」

「こんな暗い第二小隊を見たら、きっとアレクも悲しむわ」


 泣き止まないコハクと、それを慰めるアイさんの声が静まり返った家のなかに響いている。

 自分の部屋越しで、リビングの会話が途切れ途切れだが聞こえてくる。

 きっとアイさんの言った通り、アレクさんはこんな第二小隊を望んでいないだろう。

 もちろん自分がこの場にいないことも悲しいと感じるだろうが、何よりみんなが辛い顔をしているのが悲しいと感じているだろう。

 そういう人なんだと、彼の過去のことを聞いた俺は知っている。


 アレクさんの妹にも、伝えなきゃいけないな。

 この冒険者の世界を知らない人間からすれば、それは非日常で受け入れがたい事実だ。きっと悲しむ、辛い思いをする。

 それでも、言わなければいけない。

 その義務が、俺達にはある。


「はぁ……」


 いろんな感情に整理をつけるように、ため息をつく。

 静かな部屋の中、俺は現実から逃げるように眠りに落ちた。

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