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果てなき旅の、その果てで。  作者: 甘い卵焼き
第五章 トワイライト
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第55話『前を向く。弱いままでも』

 朝、俺はいつもの時間に起きることはなかった。

 起きて、倦怠感に蝕まれて抵抗もせず二度寝をした。


「はぁ……」


 閉めたカーテンの隙間から差し込む朝日は、冬の期間とは思えないほど眩しい。

 ちょうど顔に当たった日の光に目を細めながら、俺はカーテンを完全に閉めた。

 ……日の光を浴びる気分じゃない。何となく、そんな感じだ。


「ご飯、置いておくわね」

「……ごめん。一緒に食えなくて」

「いいわ。ちゃんと笑えるようになるまで、皆で待っているから」


 俺は今日の食事当番をサボった挙句、それをアイさんに押し付けてしまっていた。

 朝ちゃんと起きることすらできないのか、俺は。

 自分の私情で皆を困らせるような人間になりたくなかったんだけどな……。


「ありがとう」


 会話はこの短い2ラリーで終了し、また部屋に静寂が訪れる。

 ……何をして過ごそう。

 飯を食いたい気分でもないし、これ以上寝る気分でもない。

 俺は何がしたいんだろう。


『今は話したくないんだろ?』


(近いうちに話します……か)


 結局それは叶わないまま、アレクさんは帰らぬ人となった。

 彼の立ち回りに、優しさにどれだけ救われたのか、俺自身が一番分かっている。

 きっと。

 きっとあの任務を無事に終えたとき、俺はアレクさんに話していただろう。

 すべて。シロが裏切っていること、敵の猫の仮面集団の一人であること。

 それでも俺は彼女を仲間と見ていること。


 ユリウスさんを失った彼の立場は分かっている。

 それでも俺は話しただろう。

 怒りや憎しみを向けられようと、俺は彼に話したかった。話しておきたかった。


「今……俺はなにをしたいんだろうな」


 朝というのにまだ暗い、閉めきった部屋の中に、俺の独り言が響いた。


ーーー

 憂鬱な空気が広がる、暖房機能も利用していない俺の部屋。

 朝起きてそのまま、飯もまだ食えていない。


 ……嫌だ。

 この籠もった空気、暗い部屋。

 外……そうだ、外に出よう。

 あの眩しい世界に出れば、何か変わるかもしれない。

 俺の気持ちも、晴れるかもしれない。


「……はは」


 今の俺の気持ちを見透かし、予想したかのように、一時間ほど前に置かれたお盆のうえにはおにぎりが置いてあった。

 外に出ることもお見通し……歩き食いできる食べ物。


 アイさんに感謝しつつ、俺はそのおにぎりを口に含む。


「……あんま味しねぇ」


 メンタルというのは大事なもので、病は気からという言葉だってある。

 同じように、今の俺は味さえ感じれないほどぼろぼろなのかもしれない。

 ほんのりと塩の味がした。

 中に入っているのは梅干し。


 俺は扉を開ける。

 今日は雪の降らない日になりそうだ。

 見渡す限り雲一つない空をみて、そんなことを思った。

 街を歩けば、知らない誰かとすれ違う。

 全員が俺のことを見ているような気がして、まともに顔を上げられない。

 家族と会話する者、任務に向かう冒険者たち。

 その会話が喧騒、ノイズへと変わり、頭痛がする。


「……くそ」


 外に出ても変わらないか。

 唯一、澄んだ空気だけは俺の心を晴らしてくれた。

 外に出たは良いが……何をしよう。

 酒場でやけ食いでもするか?

 ……金額的には足りるが、そんな気分じゃない。

 何より、今食事をしても味を感じないし気分解消につながるとは思えない。

 なら何をする?


 ……任務。


「結局、冒険者だな。俺も」


 任務で大切な人を失った。

 その次の日に、もう任務に行こうとする俺の体を止めない俺の脳。

 

「その前に、だ」


 俺は踵を返し、治療施設へと向かった。


ーーー

「失礼します」


 俺が出向いた病室に貼られた名前はアルバ・アクロセス。

 未だに眠る彼女の隣、置かれた椅子に腰掛ける。


 彼女の顔はぐっすり眠る年相応の女の人で、今ぱっちりと目を覚ましてもおかしくないと思える。


「キバ」


 デジャヴ。

 あの日と違って、声の主はアレクさんじゃない。

 ……ソマさんのものだった。


「はい」

「ちょっと、付き合ってくれ」


 きっとまた、ユリウスさんの病室に行くんだろう。

 目の前のソマさんの、失われた左腕を見る。


「……はい」


 無言で扉の前から去っていくソマさん。

 後を追うように、アルバさんのことをちらっと見てから椅子を立つ。

 静寂の中に、俺の足音が響いた。かすかに聞こえていたソマさんの足音は止まり、病室前に着いたのだろうと予想できる。

 隣の部屋だもんな。


「おまたせしました」

「気にしなくていい」


 開かれた扉の先には、やはり変わらぬ様子で眠るユリウスさんがいた。


「……兄さんは」


 俺を見ることはせず、椅子に腰掛けたソマさんは独り言のように呟いた。

 その背中を見ながら、耳をかたむける。


「時折、目を覚ますらしい。三日に一度、数時間に一度……不定期で、本当に時々ね」


 目を覚ました兄さんにまだ立ち会えていないんだ、と付け足した。

 寂しい話だ。悲しい話。辛い話。

 兄を慕い続ける人間として、一刻も早くユリウスさんと話したいだろう。

 あの日のクロムの言葉。あれを受けて立ち止まっていられるはずがない。

 積もる話だってあるだろう。

 そう、辛く寂しい話。


 不思議と、俺の目に映るソマさんの背中は微塵もそんなことを感じさせなかった。

 彼が左腕を通すはずの袖口はブラブラと揺れている。

 兄を傷つけられてしまった。

 踏みにじられてしまった。

 左肩より先を失ってしまった。


 そんな人間の背中とは思えないほど、強くて前向きな背中だった。


「ソマさん……」

「なんだその顔」


 彼の顔を見ていなかった。

 どうやら彼は俺の顔を見ていたようだった。

 ……直視できない。


「変顔なんてしてないですけどね」

「そんなに眉間にしわ寄せてよく言うわ」

「……え、うそ」

「ほんとだよ」


 彼の手が伸びてくる。

 俺の頭へと伸びた手はただ、ポンと俺の頭の上に置かれた。


「そんな顔しないでくれ。ボクは大丈夫だから」

「……なんで……」


 そんなに優しくしてくれるんですか。

 どうして、前を向けるんですか。


 今彼が何を思い、どんな顔をしているかはしらない。

 聞いてみたい。

 今絶望に浸る俺でも、立ち直ることができますか。

 またあの残酷な世界に立ち向かえるようになりますか。


「あーあ。そんな顔させるためにボクは君を助けたんだっけなぁ?」

「うっ……それは……」


 嫌味だろうか。

 怒っているだろうか。

 彼が腕を失ってまで守った存在が、今こんなにうじうじしていたらそりゃ、腹が立つだろう。


 あぁ、だめだ。

 何も上手くできない。

 目を見れない。うまく喋れない。

 感情を隠せない。


「出ようか。ここの空気はネガティブになる」

「……はい」


 その後ほどなくして、俺達は治療施設から出た。

 どこまでも強い背中。何事もなかったかのような仕草。


「だから、そんな顔するなよ」

「……」


 無理だ。

 無理して元気に振る舞っているのなら、それをやめてほしい。

 そういうわけでもなさそうだから、勝手に責任を感じる。

 それに対しても何一つ咎めることなく、慰めてくる。


「俺のこと、恨んでないんですか」

「え?」


 ぎゅっと目を瞑った。

 この先にどんな言葉が続くのか想像できない。

 彼の顔を一切見ていないから、どんな表情なのかもわからない。

 恨み、あってもおかしくない。

 A+級、そのなかでもあの調査任務のリーダーを務めるような人間の未来を、俺が奪ったのだ。

 片腕になって手数が半分になる、そんな単純な話じゃない。

 今まで生活してきてうまくバランスをとっていたなかで、どこかが欠けてしまったら。

 バランスも崩れ、体も思うように使えないだろう。

 だから実力的には半分以上削がれてしまうかもしれない。


「ないさそんなの」

「――え」


 明るく帰ってきた言葉は、恨みの片鱗も見せない様なものだった。

 

「あるわけないだろ? あそこはそういう世界だ。ボクも、もちろん君も知っている事実じゃないか」

「でも」


 言うのは簡単だ。

 人が簡単に死ぬ。

 体の一部を失う。

 そんなの分かってるって口にした冒険者の中で、やはり大半が後悔するのだ。

 実際にそれが起こってしまった時に。


 その大半の人間を受け付けないかのように、ソマさんは首をかしげた。

 今日初めて見たソマさんの顔。

 その瞳に宿る覚悟は消えることを知らず、前よりも燃え盛っているようにさえ見えた。


「でも、何?」

「……腕を失ったのは、あなた自身の問題じゃなくて俺が弱いのか問題じゃないですか。俺がいなければきっと、すぐ決着つけれたでしょ」


 事実だ。

 あのとき俺が気づかない攻撃に、ソマさんは反応し俺を庇ってみせた。

 そんな人ならきっと、一人なら油断もしない。最後までやり遂げたはず。

 そんな人間に取り返しのつかない欠損を負わせた俺に腹が立ってしょうがない。


「確かに、ボク一人だったらこうはならなかったかもね」

「なら――」

「でも、選んだのはボクだ」


 ガシッと顔を掴まれ、強制的に上を向かされる。

 目線の先。ソマさんの顔。

 まっすぐこちらを見る瞳。


「片腕を失ってまで、キバを庇いたいと思った。ボクがこうしたかったんだ」

「……慰めるのがうまいんですね」

「ちがうさ」


 笑いを堪えきれないといった様子で、笑った。

 何が違うっていうんだ?


「確かに、ボクが左腕を失ったのはキバの弱さによるものだ。でも、それで何が悪い? 常日頃から、すべてを失う可能性に満ちている。そんなの分かったうえで冒険者をやっている。あのときの最悪は、キバ・アクロセスを失うことだった。ボクの左腕がなくなるくらいなら自分が死ねばよかったって? ふざけるなよ。自分をなんだと思ってる? 持ち前の謙虚さからくるものか、それとも嫌味か? キバは自分の価値を履き違えている。お前はすぐにボクを超えて――」


「だったら!!!」


 予想よりもはるかに大きい声が空気を揺らし、その余韻はいつもの街を不思議と静かに感じさせた。


「すぐにソマさんを超える? あんたは天才側の人間だろ! 分かんねぇよ俺の気持ちなんか!! 心の強い人間に救けてもらって、その人みたいに、って憧れて……! 能力を自覚したときは俺にもやれるって思ってた! すぐにみんなを救けられるようになる強い人間にって! ……でも、結局失ってばっかだ。初めてのパーティ、そのリーダーも、第二小隊の仲間も……! 挙句、あなたの腕も失わせて!! 結局俺は救われてばっかりだった! 救われて救われて救われて、俺は何もできないままぬくぬくとゆっくり生きているだけで!! ……今のままじゃダメなんだ……。俺はもう、失いたくない。失うわけにはいかない。周りのためにも、自分の気持ちのためにも……!」


 キラトさんという恩人、彼を失ってしまったときの無力感。

 隣にいたはずのアレクさん、彼が死んだときの自分に対する嫌悪。

 ソマさんに庇われ、また救われてしまったのだとわかったときの悔しさ。


 そのどれも、決していい思い出じゃない。

 彼らと過ごした時は良いものだった。いい思い出だった。それでも挙げた三つは決して、良い思い出じゃない。

 そのどれもが俺の心を壊していく。


「……思えば、俺の居場所はここじゃなくてもいい。冒険者じゃなくたって、俺の記憶を取り戻す旅はできるんだ。仲間と一緒に任務に行ったりすることだって、俺一人でやれるようになる。失うのは俺の命だけで済――」


「お前のために体を張る必要なんてなかった」


 ……。


「結局、これから使えそうな人間だから残したつもりだったが」


 ……あぁ。


「こうなっちゃもう無理だ。戦えない人間に価値はない」


 ……やめてくれ。


「お前みたいな人間が、強くあろうとするのが間違いなんだ」


 もういい。これ以上は……。


「これからもお前は大切なものを失って、何もできないまま生きてくんだ」


 やめて……やめてくれよ。

 なんであんたがそんなこと言うんだよ。


「……ふっ」


 不意に漏れたような吐息に、俺の視線はソマさんに吸われる。

 俺を見て笑っている姿がそこにあった。


「全部ウソだ」

「……は?」

「本気でそんなこと言ってると思ったのか? ボクがそんなこと言うと思ったのか? 言っただろ。あのときの最悪はお前を失うことだった。ボクに悔いはないさ」

「じゃあ、なんでそんなこと……」


 ソマさんは自分のポケットに手を入れ、何かを取り出した。

 そのなにかが目の前で開かれ、最初に目に入ったのは彼の小さい頃の写真。

 ユリウスさんとアレクさん、そしてアレクさんの妹であろう人に、ソマさん。

 四人が写る写真。


 そうして次に目に入ったのは、俺の顔だった。

 とてもひどい顔をした、俺が映る鏡。


「キバは何のために冒険者になったんだ?」

「……失った記憶を取り戻すため」

「本当にそれだけか?」

「……手を差し伸べることのできる、強い人間になりたい」


 そう、目的は記憶の復元でも、俺はアイシャさんのように、強い人間になりたかった。

 冒険者のそういう姿勢に、憧れた。

 でも、俺には荷が重かった。

 大切を失う覚悟も何もないのに、冒険者で居続けるのは無理なんだ。

 全て上手くいく。全部丸く収まる。

 そんな楽観思考でいる人間に務まる職じゃない。

 だから。


「俺は冒険者をやめるべきだ」


 やっぱり辿り着くのは、さっきと同じ一つの結論。

 

「ボクの腕を失わせたからか?」

「それもあります」


 スラスラとやめる理由を言える口に驚いた。

 

「だったら――」


 ソマさんは片方の腕で、俺の両腕を力強く掴む。

 そして、目を見る。


「ボクが皆に差し伸べるはずだった手を、キバがかわりに差し伸べるんだ」


 おかしな発言に、頭に疑問符が並ぶ。



「ボクに負い目を感じていそうだったからね。それなら、ボクの願いを聞いてくれよ」


 あくまで自分のお願いだ、と。

 そう言った。


「キバが冒険者をやる理由、それが見つからないなら……やめる理由のほうが多く浮かんでしまうなら、せめて最後に、ボクの願いを聞いてほしい」


「それが、さっきの……?」

「あぁ」


 この人はどこまでも――。


「聞いてくれるか? ボクの願い。 キバが、ボクのかわりに」


「強い人……ですね」

「これでもA+だ。当たり前だろう?」


 俺の心が壊れてしまったとき。

 それを復元するのは難しい。

 この人はそれをやってのけたわけじゃない。


 俺の心はまだ歪なままで、ぐちゃぐちゃで。

 それでもこの人は、前を向く理由だけをくれた。

 腕を理由に出されちゃ、敵わない。


 ほんと、敵わないや。


「キバが折れそうになったとき、ボクが手伝おう。できることなら何でも」

「どうしてそこまでするんです? まだ俺自身ににそんな価値があると、俺は思えないんですが」

「同じだよ」


 ……そうだよな。


「手を差し伸べる。うん。救った人間にはやっぱり、笑顔であってほしい。幸せであってほしいからね」


「間違いないですね」


 俺の頬を伝っていた涙は、いつの間にか乾いていた。

 口角が上がって、気分が軽くなる。


 冒険者をやっていれば、また失うかもしれない。

 大切だと思うもの、仲間であれ何であれ、失う可能性に満ちている。

 今までもそうだった。全部丸く収まるとか、そんな楽観視はもうしない。

 そう、失うかもしれない。

 

 それでも……俺は強い人間になりたい。

 物理的に、実力的にじゃない。

 覚悟を決めろ、キバ・アクロセス。

 前を向く理由は今、この人がくれたんだ。


 アイシャさんのように、ソマさんのように。

 今は真似事だって良い。

 前を向く理由が、与えられたものだって良い。


 記憶を取り戻す、それも大事だ。今までのオレを否定するつもりはない。

 不完全な俺も、考えも。何もかも。

 完璧じゃなくていい。

 俺は……。

 強く、なりたい。

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