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果てなき旅の、その果てで。  作者: 甘い卵焼き
第四章 闇夜に輝く白い星
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第52話『深い暗闇の中で』

「食った食った」


 再調査任務はついに明日。昼食後。

 ここ五日間は何をすることもなく過ごした。

 任務前に体を慣らしておこうと、俺は一人で任務に出ることにした。

 五日も動かなきゃガチガチだし、本番これで死んだら笑えない。


「キバ、俺と任務に出ないか?」

「……アレクさん」


 俺が外に出ようと上着を着て廊下に出ると、アレクさんに声をかけられた。

 この人も同じような考えだったのだろうか。


「身体が鈍りそうでね。どうせ外に行くなら付き合ってくれないか、と思って」

「いいよ。俺も任務に出ようとしてたんだ」


 この人の過去を知ってから、前より接点が増えた。

 日常でもよく喋るようになったし、三日前はアレクさんの妹の誕生日も一緒に選んだ。

 まぁ、アレクさんの選択に付き合っただけだったけど。


 二人で玄関を出て、冒険者ギルドへ。

 体を動かす程度だし、選んだ任務は低ランクの魔物討伐に採集任務。


「うっし……」

「じゃあ行こう」


 俺達はクランベリアの真西、山脈手前まで出向くことにした。


ーーー

「よっ」


 ドスッ

 四匹のゴブリンを無傷で制圧し、アレクさんを見る。


「低ランクの魔物とはいえ、手慣れてるね。よく戦うの?」

「え?」


 アレクさんの目の前にいたゴブリンの武器は宙へ弾き飛ばされ、妙に勢いのついた蹴りを頭部へ命中させた。

 

(戦闘中に俺のこと見ていたのか……余裕だな)


「まぁ、一人で軽く任務に行きたいときによく。一番討伐数が多いのはゴブリンかも」

「へぇ」


 彼が闘う姿を完全に捉えることが出来たのは初めてだった。

 あの洞窟でも俺は別行動だったし、調査任務も班は別である。まして、この人とネオン街で絡みはない。


「アレクさんの能力、衝撃波でしたっけ」

「うん。使い道が幅広いから恵まれてるね」


 今のように相手の武器を弾いたり、自分の蹴り足に衝撃波を発動して勢いをつけたり。

 俺と似たような戦い方でも、この人のほうが汎用性がある。例えば、空を飛んだりな。


「……もう日暮れだね。早めに済ませよっか」


 のんびりペースの進行に終止符を打つ。

 夜ご飯に間に合わなかったら怒られそうだ。

 俺はその意見に賛成し、植物を採集する手を早めた。


ーーー

「やべ」


 すっかり暗くなってきた頃。

 ノルマを達成した俺は周りを見渡してそう言った。

 アレクさんの姿が見えない。

 近くにいるんだろうが、霧が邪魔で見渡せない。


(霧ってことは……北西部の森林まで来ちゃったかも)


 A八が起きたあたりとまではいかないが、そこに足を踏み入れてしまったかもしれない。


「アレクさーん」


 少し声を張り呼びかけるが、返事がない。

 彼が先に帰るだろうか。

 ……ないな。彼なら今も俺を探しているはず。


 改めて、俺は周りを見渡す。

 木々の密集度がもといた場所よりも明らかに高い。

 なら、ここは西部森林と北西部森林のちょうど間……グランベリアからの距離は遠い、山脈に差し掛かるあたり。

 確かに、緩やかだが傾斜だ。


 彼が空を飛んでも、この木々の密集具合なら上からは見えないだろうな。

 自分の位置から見上げ、空がほぼ見えないことを確認し、そう悟る。


 ……少し移動するか。なるべく木の密集が少ないところに。

 傾斜の向きを確認し、山脈から遠ざかるように歩いていく。


 数分歩いて、ようやく空が見え始める。

 葉の隙間から覗く空に、雲は一つもなかった。

 綺麗な星空。

 害雨の件によって、北大陸にしては遅めの十月序盤に初雪。

 そして十一月へ移ろうとしている今日は雪が降っていなかった。

 冬の晴れた日、その澄んだ空気も好きだし、雪も好きだ。

 今日は前者。明日の任務はさぞスッキリした気分で臨むことができるだろう。


 頭のなかで毎年十一月中盤からの雪景色を思い出していると、霧の中からわずかに、赤く輝く何かが見えた。

 あれは……雪狼の目かな。

 冬、その中でも夜に良く見られる魔物。ランクはそこまで高くない、D級。

 C-級の俺でも相性的にすぐ倒すことのできる魔物だ。


「ふぅ……」


 空に白い息が立つ。

 同時に、その赤い光は霧の中から本体を現し、俺へと向かってくる。

 雪が積もったこの足場でこの機敏さ……名前に雪が入るだけあるな。

 ただ、その単調な直線の動きは読みやすい。

 俺は体の向きは魔物に向けたまま一気に右へ回り込み、避ける。

 魔物の腹を蹴り上げて空中に飛ばし、それが落ちてくるのに対して拳を突き立てた。


「うわ」


 この魔物は尻尾に生える氷柱を飛ばすことができるらしい。

 初対峙だし、初めて知ったな。

 命中せず俺の右腕を掠めたそれに気を取られることもなく、木の方向へ蹴り飛ばして制圧した。


「当たり前だけどゴブリンのようにはいかないか。」


 俺はまた、ふと空を見上げた。


 二つの光が、他と比べて一層輝いていた。


 目を細め、それを凝視する。

 

 ――空の光を反射している何か。

 その下へと続く輪郭――。

 

「あれは――」


 その正体に勘付くと同時に、足が動かないことに気付く。


 俺の足元は凍って、固められていた。

 そこに俺の足も埋まっている。


「いつの間に……?」


 一瞬。

 あの光から目を逸らし自分の足元を見たその一瞬。


「いっ――」


 俺の真下にある雪が赤く染まって、少し溶ける。

 足の氷を砕こうと伸ばした左手に、氷柱が貫通していた。


 ――なんだ、これ。


「上を見上げて過ごすなんて、ずいぶん明るい人生を送っているのね」


 背後から声が聞こえた。籠もっていて声色は分からないし、聞き取りにくい。

 覇力を発動して足の氷を砕き、後ろを振り返る。

 もうそこには誰もいない。

 そして俺はさっき見ていた二つの光を、もう一度見ようとした。

 俺の勘は正しかった。

 あの二つの光は、もうそこにはなかった。


 一瞬で移動した。


 あの光の正体は、人間だった。


 俺の足を固めたのも、左手に損傷を与えたのもきっと、ソイツの仕業だ。


「どこに――」

「そんなにのほほんと生きているから、全てを失うのよ」


 また背後から声がする。

 振り返りざまに振るった俺の拳は虚しく空を切った。

 静かな森に、俺の舌打ちが響く。

 何が狙いだ。その速さなら、俺を殺すならとっくに殺せているはず。

 こっちにとっては好都合。


 焦っているフリをして、反撃の意思を見せつけながら逃げよう。

 徐々に街の方へ。森林を抜ければ視界だって良くなる。

 アレクさんと合流できれば空を渡れる。帰る確率は上がるかもしれない。


 俺は走り出した。


「どこだ!? 出てこい!!」


 わざとらしく声を荒げ、俺が戦闘に積極的な振りをする。

 これで相手がもう少し、遊んでくれれば――。


「逃げるつもり?」


 前方から声がする。

 腹のあたりにチクリと痛みが走り急停止する。

 ……また氷柱。今度はここに置いてあるだけ……。


 相手は完全に遊んでいる。

 いつでも殺せる。俺が気を抜けばすぐに死ぬ。

 そんな塩梅をうまく調整して、自分の姿は見せない。

 ……冷や汗が止まらない。


「クソッ……!」


 また俺は駆け出す。

 全速力の走り。

 絶対に生還してやる――。


 雪に隠れた岩に気付かず、俺は転倒した。

 倒れる途中、手が何かに触れる。

 ドサッと雪に突っ込む俺と、カランと目の前の木にぶつかる何か。


 視線をその何かに向けた。


「――これ」


 その視線の先にあったのは、白い仮面だった。

 ()()()()()()

 その両耳の先端には宝石のようなものが飾られている。これがあの二つの光の正体なのだと、理解した。


 『ボクが対峙したのは人間。猫の仮面をかぶっていた。きっと、ほかの班が対峙した相手もそうだったんじゃないか?』


 あの任務の日、ソマさんが言った言葉だった。

 ……目の前にあるのは、そんな猫の仮面。


(これは大収穫……!)


 転倒の際、手が何かに触れた。触れた手は右手。

 その方向を向くと、一人、静かに立つ人間の姿があった。

 星に照らされて白く輝く髪。

 暗くてその髪から覗く顔を見ることはできなかった。


(コイツの顔さえ見られれば、だいぶ進展する……)


 風が吹いた。強い風。

 木々を揺らし、葉をざわめかせる。

 動き回る葉の隙間から、俺の願いが叶うかのように月の光が届いた。

 ちょうどその顔を照らす。

 見逃さないようにその顔を目に焼き付けようと、目を凝らした。


「――えぁ」


 俺の口から反射的に、言葉ともならない音が漏れた。

 どこまでも深く遠い、水色の瞳。

 吸い込まれるようなその瞳。

 まるで固まっているかのように動かない口角。


 だって、その顔は。

 よく知るその顔は。


「――シ、シロ……?」


 俺を見下ろしていた彼女は俺の手の先あたりへと視線を動かし、そこへ向かって歩いていく。

 木のすぐ下、俺の手の先。

 そこへ落ちた白色の仮面を拾い上げて、彼女は呟いた。


「怒られてしまうわね」

「……お、おい」


 俺の言葉なんか聞こえてないかのように、彼女はまた仮面を付けた。


「逃げ切れて良かったわね。私は帰るわ」

「待てよ……なぁ」


 俺のことなんか見ずに、彼女は森林の中へと歩いていく。

 そっちにグランベリアはない。なんて言葉も、今の俺には考えられなかった。


「おい! シロ!!」


 震える手で、足で立ち上がって、彼女を追って手を伸ばす。


「待てって!!」


 また、ドサッと雪に崩れ落ちる俺を、彼女は一瞥した。

 その仮面の目。

 その奥に覗く、彼女の目。

 ――気持ち悪い。

 正体がバレたことに対して何も思っていないようなその目が。

 彼女が無意識に、俺たちを仲間だと思ってるなんて……そんな甘い夢を見ていた自分が。


 手を伸ばした。雪に倒れた体を起こすこともなく。

 ……彼女はもう振り返ることなく、深い霧の暗闇へと消えた。




 数分して、アレクさんの声が上から聞こえた。

 座り込む俺を見つけてくれたらしい。


「怪我、大丈夫か? 寒くないのか?」


 すっかり冷え切った俺の手を取って、彼はそう言った。

 温かい。きっと俺を探し回っていたんだろう。


「少し、強い魔物がいて。倒して、疲れて座ってただけ」


 震える声で、俺は呟いた。

 アレクさんの顔を見ることは出来なかった。

 見てしまえばきっと、泣いてしまうから。


「俺は大丈夫。……大丈夫だから」


 その後のことはもう、ほぼ覚えていない。

 治療施設に立ち寄ったこと、家にシロはいなかったことくらい。

 ついさっきの夕食の味も、風呂の温かさも何もかも、俺は思い出せなかった。


ーーーーーーーーーー

「待てよ! シロ!!」


 凍えそうな中、冷え切った手を彼女に伸ばす。

 虚しく空を切っても、何度も何度も手繰り寄せるように、彼女を追いかける。

 俺は走っているのに、歩いている彼女に追いつけなかった。


「シロッ!!!!」


ーーー

「はッ――!?」


 目を覚ました。

 朝はこんなにも寒いというのに、俺は汗だくだった。


「はぁ……はぁ……うッ――」


 頭が痛い。

 昨日のことを思い出すたびに、その痛みが増していく。

 そんな早朝、朝五時。


 とりあえず……昨日見たこと、報告しなきゃいけない。

 アレクさんに? いや、あの調査任務を仕切るソマさんの方がいい。

 ユリウスさんの病室に行けば会えるだろうか。

 俺は外に出る準備をした。

 コートを着て、靴を履いた。

 ドアノブに手をかけ、玄関を空けた。

 治療施設の病棟へ、向かわなければ。


 ただ、歩く。

 雪のない道。それでも昨日の任務中より足取りは重い。

 段々と、足が震え、呼吸も荒くなる。

 視界が歪む。


 報告しなきゃ、いけない。

 しなきゃいけないのに――。


「うぅ……うっ」


 地面に座り込んだ。

 俺の目からこぼれる涙は、その地面を濡らしていく。

 やるべきことはわかっている。

 それでも、それを実行できない俺に――。

 まだ昨日を受け入れられない俺に――。


「できるわけ……ないだろぉ……」


 ――絶望した。

第四章、終了です。第五章をお待ちください。

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