第51話『大切な存在』
「ソマさん」
「……あぁ、キバか」
下を見ていたソマさんは、力なくそう答えた。
彼が戦っていたなにかの姿を、俺は捉えることができていない。
「敵は……逃がしたようだな、ソマ」
「すまない。ボクでは力不足だった」
ただ、噛みしめるように手に持つ剣を見る。
先端には血がついていて、それが敵のものであることは容易に想像がついた。
あのA八を起こせるほどの強敵に善戦したのだ。
この人は想像よりもずっと強いのだと感じる。
「今回の件だが――」
俺が救援で呼んだ人狼種のグルガさんは、目を背けた。
まるでこの先に続く言葉が何か、分かっているかのように。
「ボクが戦ったのは……人間だ。猫の魔物じゃない」
『ほんと、まるでネオン街ね!』
俺の頭に浮かんだのは、昼食時のサキの言葉だった。
「人間って……」
「とりあえず集合しよう。もうすぐ時間になる」
歩き出すソマさんとグルガさんの背中を、俺とクロムは小走りで追った。
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調査に出た班の大体は戻ってきた。
怒りに震える者、悲しみに明け暮れる者。
そして、声も隠さず泣く者。
そんな彼ら、彼女らの身に何が起こったかなど、想像するのは難しいことではない。
「……珍しいな。人助けか?」
「私はあの洞窟であなたを助けたでしょ」
アルバ・アクロセス。
彼女はシロの背中に体を預け、おんぶされている。
俺達の班から出た被害者はアルバさん一人。
死んでいるわけじゃないが、気絶している。
「今から今回の調査で得た事実について話す」
そうして語られたのは、相手は絶対に勝てる状況でしか尻尾を出さなかったこと。
数は複数であること。
そして、どの班も……敵は人間であったこと。
猫の魔物と呼ばれている存在は本当にいるのか、否かは分からずじまいということ。
ただ、今回の敵は猫の仮面を被っていた、ということ。
猫の仮面を被る人間。
A+の実力を持つソマさんや各班につけられた護衛の人達だからはっきりそう言い切れた。
ならば、A八の被害者であるソマさんの兄ならぼんやりとしか視認できず、猫の仮面を見て魔物だと勘違いしている説もある。
ここがはっきりしない以上、猫の魔物の存在の有無は断定できない。
「また人間か」
「もううんざりだったんだけどな。人間と戦うのは」
隣にアレクさんがやってきた。
ネオン街で接点はなかったものの、この人もあの任務に参加していた。
この人のように、魔物との戦闘は割り切って全力でできるが対人となれば違う、という人は珍しくない。
なんなら、俺もそうだった。
殺さないように、無意識に力が制御されてしまう感覚。
「では、また一週間後、この任務を行う。覚悟しておくように」
ザワザワと、不満の声が大きくなっていく。
今回の件で低ランク冒険者には危険な任務である、と分かりきったはずだった。
きっと真相が分かるまでは続くだろう。
その後は高ランク冒険者の仕事。
この考え方はソマさんじゃなくて、もっと位が上の人間によるものなんじゃないだろうか。
だから彼も抗えず、従うしかない。
なにかを失う痛みを、ソマさんは嫌というほど知っているはずだから。
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帰りの竜車では寝てしまって、みんなと話すことはなかった。
起こされた時にはもうグランベリアの北門に到着していて、もう帰っている人も見かけた。
「代わろうか?」
「この人は女性よ。私が運ぶわ」
シロがアルバさんを治療施設まで運ぶのに付き添うことにする。
「被害は甚大だな」
第二小隊から被害者が出なかったことを、とても幸運に思う。
同様に怪我人を治療施設へ送り届けようとする人間も、少なくなかったから。
「今回の敵、どう思う?」
「……どういう意味かしら」
小隊初任務の洞窟で見せつけられたシロの実力を忘れたつもりはない。
聞いてみたかった。ソマさんさえ捕らえることのできない敵を、シロがどう評価するのかを。
「お前なら捕まえられたか?」
「私だってC級。あなたと一つしか差がないもの。どう足掻いても無理ね」
表情の一つも変えないシロだが、これはいつものことだ。
(ご冗談を……)
アルバさんはあの場にいた治療者に治してもらったものの、未だ目を覚まさない。
治療施設に到着した俺達はアルバさんを施設員に渡し、俺は彼女が送られる病棟へ出向いた。
「アルバさん……」
頭への強い衝撃で、外傷のほかに内部の損傷が見られるとのこと。
それを治療することのできる方に診てもらったといえ、後遺症の可能性がかなり薄くなっただけ。
いつ目を覚ますかわからない状態だそうだ。
アルバ・アクロセス。
俺の知り合いで、唯一アクロセス出身の人間。
あなたには、聞きたいことが山ほどあったのに。
後回しにしないで、出会った時に聞けばよかったな。
「キバ」
後ろからの声はアレクさんのものだった。
予想外の来客に戸惑いつつ、尋ねる。
「なんでここに?」
「……俺は隣の病室に用があってさ。今は、キバが見えたから」
アレクさんも今回で誰か知り合いを失ったのだろうか。
そんな事を考えていると、アレクさんの後ろからもう一人、これまた意外な人物が現れる。
「ここは……そうか。アルバの病室か」
「ソマさん?」
二人は知り合いのようだった。
聞けば、昔からよく遊んでいる仲なんだと。
その二人が一緒にこの施設に……確か、二人は怪我をしていなかったはず。
なら、この二人が何をしに来たのか、もう分かった気がする。
「隣の病室に……ボクの兄さんが眠ってるんだ。良ければ来るといい」
あの話を聞いてしまった以上、断る気にはなれない。
黙って二人についていくことにした。
「入るよ。兄さん」
扉をノックしたソマさんの手は、確かに震えていた。
返事のない病室の扉をそっと開けて、中へ入っていく。
「……また寝てる、か」
事件が起きたのは三日前。
それからの間、何度もここを訪れているような口ぶりだった。
……憧れの背中か。
「この人が混乱状態に陥っているとき、ソマさんも立ち会ったんですか」
ソマさんは少し驚いたようだった。
この情報は俺がルルさんから聞かされたもの。
聞けば教えてくれるものだと思っていたが……違うのか?
「どこまで知ってるんだ」
「ちょうどここまでですよ」
事実を答えると、ソマさんは立ち会った、と答える。アレクさんも同じようだった。
「わけの分からない発言ばかりでね。会話もできない。落ち着くまでは暴れたりして大変だったよ。……そこからはずっと、この調子さ」
思い出して、辛そうに微笑んだ。
落ち着いてくれてよかったという安堵感。
目覚めなかったらどうしようという心配、不安。
いろいろなものがごちゃまぜになったような表情に、俺はソマさんから寝ているソマさんの兄へ、視線を外した。
三分間ほど、ソマさんは兄の手を握って、祈るように目を瞑っていた。
そうして立ち上がって、「行こうか」と促され、俺たちは病室をあとにする。
ソマさんが目を瞑っている間に、少し柔らかくなった兄の表情を、俺は見逃さなかった。
ーーー
「安心してたな、ユリウスさん」
治療施設からの帰り道。
もう時刻は夕方で、今日の食事当番は準備をしている頃だろう。
「そうだな、ソマさんは気付いてなさそうだけど」
「目ぇ瞑ってたしな」
ソマさんの兄はユリウスという名前らしい。
それにしても、まさかアレクさんがあの兄弟と接点あったなんてな。
「驚いたか? 俺があいつと仲いいの」
「え? まぁ、うん。少し」
心を読まれたかのようなタイミングでその話題を持ち出してきた。
この際だし、いろいろ聞いてみることにしよう。
「なんの繋がりなんですか?」
「……俺と妹は昔、親に捨てられてさ。雨に打たれないように屋根の下で雨宿りしてたら、その家から人が出てきて。……立ち去ろうとしたら、その人はウチに来い、って言ってくれたんだ」
「……ユリウスさん、か」
「そ。だからユリウスさんにも感謝してるし、俺と妹はあまり人と関わりがなかった。そんな俺達でも笑って遊んでくれたソマも、大切な存在なんだ」
昔を思い出しているのか、アレクさんは上を見上げてニコニコと笑っている。
あの二人がこの人にとってどんな存在か、今の話だけで理解できる。
……だからきっと、この人もソマさんのような気持ちなんだろう。
アレクさんと過ごしてきて思うのは、気遣いや謙虚さが人一倍だということ。
そんな過去があるなら、この人もきっとユリウスさんの背中を見ているんだろう。
この人が辛そうな素振りを見せないのはきっと、辛い状況にあるソマさんを少しでも元気づけるため。
あのとき、彼が自分にそうしてくれたように。
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「第二小隊、怪我なし生還おめでとう!!!」
夕食時、しんみりした雰囲気から解放してくれたのは、クロムとアイさんだった。
アイさんは普段こんなことをするタイプじゃないが、さすがに思うことがあったんだろう。
「まぁ、一番親しい仲間が怪我なしなのはうれしいことよね」
「そうだね」
コハクもアレクさんも、続いて喜ぶ。
他の小隊からは被害が出た。調査時のソマさん率いる俺の班からも。
それでも、この第二小隊の皆が怪我をしなかったことが、なにより嬉しく感じる。
俺のなかでこの五人はもう、すっかりかけがえのない存在へ成ってしまったのだ。
「いつもより多めに作ったけれど、みんな食べられるかしら……」
「……いただきます!」
パン! と自分の手を強く合わせて、箸を取った。
今日の食事当番はアイさんとクロムだった。
きっと二人でみんなを盛り上げようと、いろいろ話したに違いない。
そのやり方は……単純なものだったけど。
今、俺の心と重なるようなあの台詞に、俺は自然と微笑んでいた。
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「おはよう、シロ」
「……えぇ、おはよう」
最近のシロは朝、おはようを返してくれるようになった。
少しずつ彼女の心も、無意識に開いていってるのかなどと考えながら、いつも通り無表情のシロを見る。
本人が自覚してないだけなら、いいな。
「今日は私とあなたね」
「ん……? あぁ、食事当番ね」
食事のことに関して口数が増えるシロは、もう準備を始めているようだった。
そして俺とシロが担当のときはあの完全栄養重視の食事が出来上がることを知っている。
俺もどちらかといえば見た目にこだわらないし、味は少し口出ししたいけど怖い。
「今日は――」
メニューを伝えられ、いつも通りだなと感じつつ、料理を始める。
A八再調査任務は六日後。
きっとそれまで、こんな何気ない日常を送るんだろうと思った。
……そう、思っていた。




