第48話『密会』
今日2本目です。
クロムとコハクと、三人で雪合戦をしてから一週間がたった。
その一週間もろくに運動をしない自堕落な日々を送っていたと思う。
現在時刻は夕方。何やらコハクの様子がおかしい。
いや、おかしいのは彼女の様子だけでなく、つい先ほど彼女が入ったある個室の状態もだった。
「……好きなタイプとか、ないわけ!?」
「何だ急に」
普段はあまりこういった話をしないコハクが、自ら俺に話題を振ってきた。
これだけに限らず、他にもいろいろ質問されたあとである。
コハク、一体どうしてしまったんだ……!
ーーーーーーーーーー
ーーーコハク視点ーーー
第二小隊のみんなで初任務に行ってから、ちょうど一週間が経った。
今日は久しぶりに、サキちゃんに会う予定。
まぁ、久しぶりと言っても二週間しか経ってないんだけどね。
小隊も離れちゃって交流なくなっちゃうかな、って思ってたけど、偶然服屋で会って、今日の予定を組んだの。
「コハク!」
「あ、サキちゃん!」
待ち合わせていたおしゃれな飲食店の前で合流を果たす。
サキちゃんはあたしの、ネオン街でできた一番最初の友達。明るくて賑やかな性格はあたしと真逆とも言えるけれど、あたしはこの子からたくさんの元気をもらっている。
「はいろはいろ!」
「うん」
サキちゃんがあたしをどう思っているかなんて分からないけれど、良く思ってくれてるといいな。
……考え事してたから今の返事ちょっと素っ気なかったかも。大丈夫かな。
って、何緊張してるの、あたし。ネオン街ではあんなに自然に話せてたのに……。
「来てくれてありがと!」
無邪気な笑顔を浮かべるサキちゃんは、元気にそう言った。
あたしもそれに返事をして、この二週間のサキちゃんについて質問していく。
例えば、サキちゃん所属の第三小隊について
「えと、メンバーは――」
例えば、小隊での初任務について。
「あ、初任務ってみんなそのタイミングなんだ! うちの任務内容は――」
そうして大まかにこの二週間の彼女のことを知り、あたしについての質問をされる。
お互いについて大体分かったところで、会話は他愛もないものへと変わっていく。
「聞いてよ、レイラがさぁ――」
「あはは! それで言えばこっちのクロムも――」
「ふふっなにそれ! おっかしいー!」
会話に夢中になりすぎて後半は料理が冷めてしまっていた。
それでも、ここにきて良かったな、と思う。
「……ねぇ、コハク」
「どうしたの?」
サキちゃんの声のトーンが少し下がった。
真剣な話だろうか。それでもあたしはなるべく笑顔をそのまま保つ。
目の前の彼女は軽く握った片手で隠し、上目遣いでこちらを見る。若干、頬も薄く赤に染まっている気がする。
「キバは……どう?」
「どうって……」
何を答えればいいんだろう。
キバがどんな生活をしているか?
それとも、あたしとキバの関係?
「その、ウチのこととか……話したりする?」
「サキちゃん……!」
一人称は私からウチへと変わり、余裕がないことが伝わる。今までは隠していたのかな。
今までもキバの話題となると、少し話を聞く姿勢が変わっていた……ような気がする。
今までどちらかといえば力強くしゃべっていたけど、今はもじもじしてるし……。
そうか。恋に疎いあたしでも、今ようやく確信した。
この子、キバのことが好きなんだ!
「サキちゃんの話は……うん、たまにするかも!」
事実である。
あたしやクロム、その他のみんなとも、サキちゃんは関係を構築していた。
つまり、共通の友達。そりゃあ話にも上がるというものよね。
でも、サキちゃんのことを『友達』としか見ていないような口ぶりだった気がする。
(あぁ、もう! こんなことならキバがサキちゃんについて話すときもっと集中して聞けばよかった!)
「そ、そうなの? ほんと?」
「ほんとだよ! それに……今のところ、第二小隊内に好きな人がいる素振りもなさそうだし」
サキちゃんの気持ちを汲んでそう付け足したか、本人は自分がキバを好きだという事実を隠し通せている、と思っているようだった。
無理があるよサキちゃん。顔が乙女すぎるもの。
「べっ……別に、ウチがキバのこと好きなわけじゃないんだから!」
「そう?」
「そうそう!」
これもちゃんと誤解を解くことができたとか思ってるのかなぁ。耳まで真っ赤でかわいい。
「その……い、一応、キバにいろいろ聞いてみてくれない?」
「いろいろって例えば?」
何を聞けと言われたかなんて、分かりきっている。
それでもサキちゃんの反応を見たくてわざわざ聞き返した。
案の定言葉に詰まって焦りだし、挙句飲もうとした水を胸元にこぼした。
二人でそれを処理したあと、本題に戻る。
「……す、好きなタイプ……とか? 好きな食べ物とか! それから――」
キバに聞いてほしいこと、その一つ目を紛れさせるように、その後は好きな〇〇系で攻めてきた。
うんうん、好きなタイプはちゃんと聞いておかなきゃね。
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飲食店を出たあとはいろいろなお店を見て回って、お揃いのストラップを買った。
魔物界で可愛いと言われている盗兎のストラップ。
大切にしよう。
「今日はありがとう。後半はほぼ私の恋愛相談になっちゃったけど……」
ポロっと自白したけど、訂正しなくて大丈夫かな。
気づいてなさそうだしいっか。
来た時よりも柔らかい笑顔が夕日に照らされている。
「あたしも、楽しかった! また遊ぼうねサキちゃん!」
「うん! 次会うときは私のこと、呼び捨てで呼んでね!」
今日一日言われた要望だった。
何故かサキちゃんへのちゃん付けを取ることができなくて、苦笑いで頬を掻く。
できたらね、と告げ、手を振って別れた。
さて、あたしにはまだ仕事がのこっている。
今日サキちゃ……サキに頼まれた、重要な仕事だ。
ーーー
「ただいまぁ」
「おかえり」
あたしが家に入ると、ちょうどキバに鉢合わせた。
……まだ心の準備が。恋愛話なんてあんまりしたことないから、どう切り出せばいいのか分かんない。
口を開けて、閉じて。挙動不審だと思われてるだろうな。
「ちょ、ちょっとトイレ。道空けてくれる?」
「……おう?」
……どうしよう……。
よし、やるぞ! って気持ちで帰り道を歩いたのに、いざキバの前に行くと頭が真っ白になる。
まずは好きな食べ物を聞いて、次に季節とか……で、好きな〇〇繋がりで好きなタイプを持ってくる……よし。
勢いよくトイレのドアを開け、まだ廊下に突っ立っていたキバに話しかける。
「キバ!」
「悪いな、俺もトイレだ」
「あ……そ、そう」
覚悟を決めてきたっていうのに、なんてタイミングの悪い男。
じゃああたしは手でも洗って、ソファで待っていようかな。
考え通り手を洗ってソファに座る。
う……楽しかったけど、身体が重い。
あたし体力なさすぎない?
「あ」
リビングへ入ってきたキバと目が合うと、彼はなぜだか動揺した様子で、そそくさと水道で手を洗い始めた。
(なんだろ……)
キバはあたしに目を合わせずこっちに向かってきて、スペースがいっぱい空いているなかであたしのすぐ隣に座った。
いきなりのことに驚いてキバから遠ざかると、キバは気まずそうな顔をして、周りをキョロキョロと確認した。
そうして、彼は小さい声で、こう言った。
「……トイレくらい流せよ」
「えっ――」
……そんなまさか。
受け入れがたい発言、事実。
そうだ。キバにどう話を切り出すかに集中しすぎてトイレ流すの忘れちゃったんだ……!
「……ごめん」
キバは用が済んだかのように立ち上がり、リビングから出ていこうとする。
あ、聞きたいことがあったんだった。えっと……なんだったっけ……?
「キ、キバ!!」
振り返った顔はまだ少し気まずそうで、頭をかきながら、なに? と返事をする。
えっと……好きな、好きな……。
「好きなタイプとかないわけ!?」
「何だ急に」
聞く順番間違えた……。
取り消せない……取り消せないよ……!
「い、いいから!」
「ん……そうだな。強いて言えば……強い人、かな」
キバは、どこか悲しそうな顔でそう言った。
無理に聞き出したからかな。悪いことした……かな。
「ごめん……そんな顔させるつもりじゃ……」
「大丈夫だよ。じゃ、部屋戻るわ」
リビングから去っていく後ろ姿を、そのまま見つめ続けた。
追うことはしなかった。それが許されることだと、そうは思えなかったから。
ーーーキバ視点ーーー
「はぁ……」
部屋に戻って早々、俺はため息をついた。
わざとらしく、過去への憂鬱を晴らすように。
昔俺を育ててくれた人。アイシャさん。
彼女は俺の母親で、彼女に対して恋愛感情のれの字もない。
ただ……。
俺の理想の人間像は彼女なのだ。
俺がそういう人間になりたいと思ってる。だからきっと、俺が惹かれる人も……ああいう人なんだと思う。
「乗り越えたはずだろ……キバ・アクロセス……」
少し昔に死んだ人。
身近な人間の死というのはすごいものだ。人の価値観を簡単に変えてしまう。
アイシャさんの死がなければ俺は本当に冒険者をしていたか分からない。
自分が辛い状況で尚、笑い続けたその強さが俺を変えた。これから先の人生でも彼女の影響は大きいだろう。
「ね、夜ご飯できたよ」
扉の向こうから聞こえるコハクの声に、俺は短く肯定して事実の扉を開けた。
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ーーーコハク視点ーーー
「強い人、だってさ」
「はや! もう聞いてくれたの!?」
密会の後日、あたしとサキ……ちゃんはまた会うことになっていた。
あたしが早く伝えたかった、っていうのが大きいんだけどね。
「強い人かぁ……S級の女の子とかに好きな人がいるとかかなぁ……?」
「どうだろ……どっちにしろ私、頑張らなきゃ!」
前を歩いていたサキちゃんは走り出し、こちらを振り向いた。
ふわりと揺れる肩ほどの髪は、今の彼女の気持ちを表しているようで、とても綺麗だ。
「見ててね!」
「……うん!!」
先へ先へと行く彼女。
その背中を追うように、あたしも小走りで駆け出した。




