第49話『A八事件』
「ごちそうさま」
朝ごはんを食べ終えた俺は、暇な現状に頭を悩ます。
まだ名を挙げていない、実力も飛び抜けているわけじゃないこの小隊には中々任務が届かない。
まぁ、忙しいよりは今くらいのほうがちょうどいいんだが、さすがに体を動かしたいな……。
「よし」
小さく気合を入れて、俺はいつも通り外へ出た。
今日は単独で軽い任務をこなすことに決める。
コートを着ていても貫通して肌に突き刺さる冷たい空気。幸い雪は降っていないが、日差しが出ているわけでもなかった。
俺が向かったのは都市中央部の一番でかい冒険者ギルド。
聖裁ギルドの入隊試験を受けたとき一度ここへ来たことがある。
確か、俺が知る唯一の冒険者ギルド受付員のルルさんがここへ異動していたはずだ。
「お」
中をのぞくと、やはり受付にはルルさんが立っていた。
小隊の皆で住む家に一番近いのがここだからな……。知り合いがいるのは大きい。
「こんにちは」
「あ! キバ様!」
う……。様付けは普段されない分恥ずかしい。
久々に見るその顔は前と変化なく笑顔を崩さず、こちらを見ている。
一秒ほど間を置くと、ルルさんは思い出したかのようにポケットからカードのようなものを取り出した。
「ここに来るのは……というか、冒険者ギルドに立ち寄るのは久しぶりですね。入隊試験直後に話した通り、ランクの更新をしていたんですが……」
そう言いながら差し出されたカードは俺の冒険者カード。そこに刻まれたランクは……C−級だ。
ハナさんの力を借りなければセンさんのようにはなれない。やはり差が大きい……分かってはいたが、少しショックかもしれない。
「とても期間が空いたので、丁度キバ様に直接届けようとしていたところだったんですよ。まぁ、このランクも今のキバさんとは差があるかもしれませんね!」
「いやいや……能力を自覚したからグンと伸びただけで、そんなにすぐ成長しないですよ、多分。……ありがとうございます。また更新のときはよろしくお願いします」
ルルさんはニコッと笑顔を作り、それ以上は何も言わなかった。
俺は受付前から距離をとって、任務板へ向かう。
相変わらずぎっしりと詰められた紙をみて、適当に簡単な任務を手に取り、手続きを済ませる。
「ほんと、活気があって良い場所だな」
賑わう冒険者ギルドを背に、そんな独り言を漏らした。
ーーーーーーーーーー
「ふぅ」
森のなかに生えている薬草の採集、および魔物の駆除、数調整。
そんな任務は、俺にはもう簡単になってしまっていた。
ゴブリン一匹に命を落としかけていたような俺が、今は片手間にゴブリンの集団を制圧できる。
強くなったもんだな。
薬草採集もそこそこに、二袋分ほど集めて俺は帰路についた。
グランベリア周辺は冒険者がたくさんの人里というのもあり、強い魔物はなかなかいない。
放置されて邪の魔力濃度が濃くなった地域には強い魔物が湧く。例外も多数あるが、大体はこの法則に則っている。
まず人里付近は冒険者が優先して駆除するため強い魔物が存在しないというのもあるんだろうが。
冒険者ギルドに戻ってくると、何やら先ほどの賑やかさとは別の方向で騒がしい。
……知っている。
前に人型の知能を持つ魔物が出たときも、こんな感じだった。
「これが任務報酬と魔石分の報酬です。……お強くなりましたね。キバ様」
「はは……まぁ、はい。否定はしませんが――」
目の前のルルさんは平静を崩さない。
ずっと笑顔のまま。怖くなるほどに。
これが冒険者ギルド員のメンタル、ってことか。
「この騒がしさ……何かあったんですか?」
「はい、実は、冒険者が何人も死ぬ事件が起きまして。」
なんですと……!?
多分、冒険者が殺される側ってことだよな。
でもそれなら日常から起こっているじゃないか。冒険者が死ぬことなんて珍しいことじゃない。
キラトさんだって……。
「こんなに騒がしいのは、その冒険者たちの身分を考えたとき、あまり起こり得ないものだからなんです」
「冒険者たちの身分……?」
「――今回殺された冒険者、計八人。その全ては、A級冒険者です」
「……は?」
流石に、驚きを隠せない。
低級冒険者が単独任務で命を落とす。なんてことは本当によく聞く。集団任務ではその数はグッと下がるが、まだあり得る話だ。
ただ、A級……高ランクになって命を落とすなんてのは稀だ。高ランク冒険者に勝てるほど強い魔物が出現したというのか。
「一人、奇跡的に治療が間に合い生き残った人がいるんですが……」
ルルさんは、少し辛そうな顔をして話した。
「その方は酷く混乱していて、まともに受け答えもできない状態です。一つ証言を取ることができたようで……それによれば、猫の魔物に襲われた、ということらしいです」
「ってことは……言い方的に、その九人は集団で任務を行っていたんですよね」
「その通りです。……その内八人が、鋭利な何かによって傷をつけられ、失血死しています。死体の状態を見ると、それぞれ時間を置いて、じわじわと数を減らされたような感じですが」
鋭利な何か……。魔物の腕や脚、その他諸々の器官に刃物のようなものや棘が存在していることは少なくない。
ただ……じわじわと数を減らされて……か。
高ランクの魔物は賢いものが多い。
知能とまではいかなくても立ち回りが合理的であったりするのだ。
ルルさんに事件が起きた場所を見せてもらった。
地図でいえば北大陸北西部。
……アクロセス家に近いな。
アクロセス家を訪れるのにちょうどいい、とも思ったが、A級冒険者が命を落とすような事件に首を突っ込む気にはなれない。
近いうちに出向くつもりだったが……しばらくは近づけそうにないな。
「……ありがとうございます。気をつけます」
「いえいえ。それでは、良き冒険者ライフを」
ーーーーーーーーーー
「ただいまぁ」
「キバ! 大事件っすよ!!」
俺が帰宅して早々、クロムが顔色を変えて突進してきた。
多分あのことだろう。
「知ってるよ。A級冒険者八人が死んだ事件だろ?」
「なんだ、知ってたんすね」
先程までの動揺がなかったかのように、踵を返していった。
立ち止まっていると、後ろから玄関が開く音がする。と同時に、クロムはまた突進してきた。
「シロさん! 大事件っすよ!」
「……」
いつも通り口を閉ざしているシロはクロムの言葉を気にすることなく、靴を脱ぎ始めた。
「少しは興味持ってくださいよ……。って、シロさんその首元……」
言葉につられてシロの首を見ると、擦り傷のような、切傷のようなものがあった。
「少しね。山脈に生えている枝で切ってしまったわ」
「治療しないんすね」
「すぐ治るもの」
自分のことだけを語って、事件について聞く前に自室へ戻っていった。
まさか、あのシロも枝ごときで怪我するとはな。まぁあんな険しい道じゃ仕方ないだろうし、こう思っているのも世界で俺くらいだろうが。
「冷たい子っすね……」
「今更じゃないか?」
未だ掴めないシロという人間を不思議に思いつつ、俺とクロムはリビングに入室した。
「にしても、怖い世の中っすねぇ」
「そうだな。全員が一つの魔物に殺されているなら、これはS級冒険者案件かもな」
その魔物が移動しなければいい。移動してきてグランベリアに到達したりすれば、この街は崩壊するだろう。
S級の方達にはなるべく早く解決して欲しいものだ。
「当分近づけないな」
「キバの過去を知るのはまだ先になりそうっすねえ」
第二小隊の皆は俺がアクロセス家出身であることも、記憶喪失のことも知っている。
協力できることがあれば協力すると言ってくれている、とてもいい友人である。シロはどうか分かんないけど。
ただ……これは俺一人の話。記憶が戻れば昔のことを話すけど、その過程にみんなを巻き込む気にはなれない。
思えば、あの変な夢も見なくなったな。知らない天井に、人。俺に向けて伸ばされる手。
その夢には妙な嫌悪感があるし、見ないことに損はない、か。
ーーーーーーーーーー
「良いニュースと悪いニュース、皆さんどっちから聞きたいっすか?」
事件から二日が経った、昼食のときのこと。
クロムは複雑そうな顔をして、そう切り出した。
「良いニュースでしょ」
「俺もそっちからがいいかな」
「私も」
俺も三人と同じ意見なので、頷く。
シロは返事をしないが、否定もしなかった。
「じゃあ、良いニュース! ……第二小隊、二回目の任務を任されました!! 今回は調査任務っすね!」
「やった! 暇な日常が終わるのね!!」
「嬉しいようで怖いね。気を付けないと」
アレクさんのはもっともな意見だ。
いくら調査任務といえ、気をつけなければ命を落とす危険性がある。
魔物の恐ろしさは、この小隊での初任務で嫌というほど知ってしまった。
「悪いニュースは……」
そう言って、クロムは地図を広げ、指を差した。
「……なるほど」
「これは確かに……」
「悪いニュース、だな」
クロムが指を指したのは、この北大陸。
その『北西部』。
大方、全員がこの悪いニュースの内容に予想がついた。
「任務内容が、北大陸北西部で起きたA八事件の調査、ってことっすね」
冒険者ギルド側としても、まだ未熟と言える俺達だけに任せるわけではないらしく、中規模編成を何個か組んで行うもの、ということだった。
「今回は俺達だけの任務ってわけじゃないんだな」
「まぁ、当たり前っすけどね。A八事件に首を突っ込めるC級台冒険者がどこにいるって感じっすよ」
二日前の事件はA八事件と呼ばれることになったそうだ。
「日程は明日。グランベリア北門前集合ってことなんで、みんな覚悟しておいてくださいっす」
「あぁ」
「そうね!」
まだ任務前でもないとはいえ、少しだけ空気が張り詰める。
この小隊の、集中した時のこの瞬間が、少し格好良くて好きだ。
ーーーーーーーーーー
「なんでこんなとこに俺たちが……」
「怖いわよね、まだ経験も積めたわけではないのに」
グランベリア北門前。街内と違い雪が降り積もっている。
ネオン街の調査へ駆り出されるとき同様、竜車が並んだここで、聞きなじんだ懐かしい声が聞こえる。
「久しぶり。シズク、リョウ」
「キバ君」
「がきんちょ……!」
驚いたように、俺の頬に目を向けてきた。
「……捨てたのね。あれは」
「あぁ。あのときは悪いな、変なこと言って」
シズクに治さないよう頼み込んだ一件、俺の左頬の傷の話だ。
「でも……重要な選択だったんだよ、俺にとって。だからありがとう」
「えぇ。あなたが納得しているならそれでいいわ」
「何の話だ!?」
想い人が俺と二人で話す様子が気に入らなかったのか、リョウが割って入ってきた。
俺は左頬を指で軽く示し、これの話、と軽く説明した。
「それにしても、こんな雪の日に調査任務なんて、寒くて嫌になっちまうぜ」
「そうか? 俺は好きだけどな、雪」
なんて、他愛もない話をしながら小隊分け後のことについて、雑談が始まった。
リョウとシズクは別の小隊であること、リョウはレイラと同じ小隊で、その陽気さにうんざりしているということ。
面白い話もたくさんあって笑っていると、今回のリーダーらしき人がここに集まるみんなの前へ出てくる。
『全員、聞け』
彼が手に持つ拡声器から放たれる威圧感のある怒ったような声色、オーラに一気に空気が張り詰めた。
『ボクはA+級、ソマだ。今回のA八調査任務のリーダーを務める。早速竜車に乗れ! 配車はどうだっていい』
言われるがまま、俺達は竜車へ乗り込んだ。
「八人乗り……ネオン街を思い出すな」
「チッ……嫌な話すんじゃねぇ」
ネオン街での決戦でセンさんとリョウが共闘したあの戦いは、どうやら負けに終わったらしい。
いや、正確には決着がつく前にあの竜が壁を破壊したことにより、強制終了となったそうだ。
だが、その内容はボロボロ、おとなしく負けを認めざるを得ないようだった。
「今やれば勝てるか?」
「どうだかな……セン先輩との連携さえ崩されたとなっちゃ、アイツは冒険者基準で言えばA級台に踏み込んでる人間だろ。悔しいが、勝てるとは言えねぇな」
というか、C-級の俺がものを言っていい話じゃないかもな。この話はやめにしよう。
向かいにはリョウにシズク、サキ。俺の隣にシロ。
ほか三人はあまり仲良くない人間で組まれた竜車に揺られ、俺達は話に没頭して過ごした。




