六十七話目
あれからしばらくして里を見て回らせてもらっているわけだが、中々すごい。というのも、ここには本当に多種多様なドラゴンたちが生息しているからだ。
火山地帯にしか生息しないボルカニカ・ドラゴンや澄んだ水辺にしか住まないウンディーナ・ズメイなど、超が二つ付いてもおかしくないほどの希少種たちがいた。しかも、それらの卵や幼生までいるのだ。正直、度肝を抜かれてしまう。
「よろしければ、触ってみますか?」
ふと、ガリーナが優しく声をかけてきた。無論、俺たちは無言で頷きを返す。
「わかりました。失礼、君。そこの卵を触らせてもらえるかい?」
「グルゥ」
母ドラゴンが返したのは低い唸り。どうも人語は話せないらしい。けれど、流石はドラゴニュートと言うべきか、ガリーナは意思を読み取ったようでぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。さぁ、どうぞ。ただしお気をつけて」
メスのドラゴンがそっとこちらに大岩のような卵を寄越してくる。それを優しくガリーナが受け止め、メアの方に差し出した。
「温かいのね」
「ええ、生きてますから。中の子も、頑張っているんですよ。ドラゴンは確かに最強と名高い種族ですが、幼生や卵に限ってはその限りではない。むしろ外的要因に弱いので、成龍になるまで生きられるのは両親やその他の努力がなければ無理ですよ」
「そう……頑張ってね」
メアの横顔はまさしく母親のそれだった。慈しみに満ちていて、温かい笑みを浮かべている。ガリーナは嬉しそうに微笑みながら、それを母ドラゴンの元へと返した。
「さて、お次は幼生たちに会いに行くとしましょう。気を付けて下さいね? 小さくてかわいいとはいえ、ドラゴン。その上、やんちゃものだ」
そう言ってガリーナが向かっていったのは大きな木でできた建物。一見すると学校のようにも見えるそこには、多くのドラゴンの幼生たちの姿があった。
おそらく、人間でいうところの保育所のようなところなのだろう。全員幼生だという以外は姿形もまるで違う。俺たちほどの身の丈の奴もいれば、逆にメアの手のひらほどの大きさしかないドラゴンもいた。
けれど、見た感じは非常に愛らしい。牙もまだ生えそろっていないようだし、上手く飛べない子も多い。ほとんどぬいぐるみだと思う。
無邪気にじゃれ合う彼らを見ながら、メリーが感嘆の声を漏らす。
「ほぉ……ずいぶんと数が増えているな」
「まぁね。それにほら、見てごらんよ。あの子はハイブリッドだ」
「ハイブリッド?」
首を傾げるメアに対し、ガリーナは深く頷いた。
「そうとも。別種のドラゴンが混じり合い、両方の性質を有したドラゴンさ。普通のドラゴンが単色なのに対し、ハイブリッドは二色だ。たぶん、見分けはつきやすいと思うよ」
言われてみれば、赤と黄色。黒と緑。白とピンクといったバラバラの色の組み合わせを持ったドラゴンたちがちらほらと見える。自然界にも単色ではなく多色のドラゴンは存在するが、それとは明らかに違う。ある種歪で、けれど神秘的だった。
「おっと、何だ?」
耳元では音が聞こえたかと思い横を向くと、そこには小さなドラゴンが浮いていた。トンボのように薄い羽を持ち、緑黄色の鱗を有している。顔つきはまだ幼げで、時折小さく鳴いていた。
「その子はピクシードラゴンだね。本来は人見知りしやすい種族なんだが……あなたには懐いているようですね」
「そりゃいいが……こらっ! 頭の上に乗るな!」」
「まぁまぁ、いいじゃないの。大目に見なさい」
リーシャが落ち着き払って言う。彼女の足元には亀のような甲羅を持つドラゴンがおり、ふんふんと鼻をひくつかせていた。おそらく、タオレンという種族だ。育てば山のような巨体となり、その背中は他の生物たちの住処となるという。地方によっては龍神とも呼ばれる伝説のドラゴンである。
ドラゴンたちは初めて見る人間が珍しいのか、興味深そうにこちらに歩み寄ってきていた。
「ハハ、結構可愛いじゃねえか」
アレックスはたてがみを持ったドラゴンの背を撫でていた。背に翼はなく、そのかわりに逞しい四肢を持っている。おそらく陸上型のドラゴン。これに関しては俺も知らない。ガリーナが言っていたハイブリッドの一種だろう。金のたてがみと黒の鱗が美しい対比をなしていた。
「あ、ダメですよ。いい子にしてください」
ヴィクトリアは困り顔で自分の背にしがみつくドラゴンを振りほどこうとしていた。あれはたぶん……パラセウムドラケーだろう。自分より力の強い生物に寄生し、おこぼれを狙う種族だ。こういうと弱そうに聞こえるが、実はとても強いらしい。宿主を護る為に国ひとつ滅ぼしたという伝承もあるくらいだ。要はただのめんどくさがりの甘えん坊である。
「おっと。やれやれ、元気がよくてかなわんな」
メリーはここの子供たちと面識があるようで、しきりに擦り寄られていた。しかも、人語を話せる子曰く、『ドラゴンのおじちゃん』と呼ばれているらしい。何だか可愛らしくて、つい笑みをこぼしてしまった。
「あの……やっぱりこうなりますか?」
見れば、ゴーシュはドラゴニュートの女の子たちに周囲を囲まれていた。もうこれに関してはノーコメント。自分で切り抜けてくれ。
さて、一方メアはと言うと、一匹のドラゴンと静かに対話をしていた。
「……あなた、綺麗な瞳をしているわ」
「クゥン……」
彼女と共にいるのは世にも珍しい希少種中の希少種、ミスティリア。純白の鱗を持ち、深い青の瞳を宿している。背には大きな翼を備え、その美しさは厳重界屈指といわれるユニコーンですら霞むほどだ。ドラゴンは、優しげにメアの方を眺めていた。
「クゥン……?」
「大丈夫よ。怖くないから……ね?」
そろそろと伸ばしてきたメアの手にミスティリアがそっと口づけする。直後、ミスティリアの双眸から涙がボロボロと溢れだした。
不審に思う俺のもとに、ガリーナがどこからともなく現れ小さく告げる。
「……ウルさん。ミスティリアは人の過去を見ることができるのです。おそらく、あの子はとてつもなく苦しい思いをしてきたのでしょう……ミスティリアが涙を流すことなど、例え幼生であっても極稀ですから」
ガリーナはいったん息継ぎを挟み、
「ウルさん。失礼ですが、あなたはミスティリアに触れないでください。気が見える程度の私ですらあなたがどれだけの人生を送ってきたのか容易に想像ができます。おそらくあなたが触れた途端、あの子は発狂してしまうでしょう。くれぐれも、よろしくお願いします」
「……ああ、わかってるよ」
「申し訳ありません。客人である貴方にこのような無礼なことを」
「気にするな。事実だ」
吐き出すように言って、俺はメアの方に視線をやる。彼女は戸惑ったようにミスティリアの頬を撫で、一方でミスティリアも彼女を慰めるように頬を舐めていた。
「ああ……やっぱりそうだよな」
ドラゴンというのは純粋な種族だ。だからこそ、人の感情といったものに影響を受けやすい。それこそ、負の感情にはめっぽう弱い。事実、それの影響を受け凶暴化したものもいると聞くくらいだ。
ガリーナが言ったとおり、俺がミスティリアに触れればその時点でアウトだ。あのドラゴンはよくて再起不能。最悪、死に至る。それは容易に想像できることだった。
「てか、お前。そろそろ降りろよ」
ドラゴンは俺の頭の上ですやすやと安らかな寝息を立てている。全く、俺の頭は巣じゃないというのに。
……いや、それより意外だったのはこのドラゴンに関してだ。普通、俺に相対した生物は何かしらの恐怖心やその他の負の感情を覚える。椅子ウサギだって最初相対した時はそうだった。けれど、このドラゴンは違う。俺に一切怯えることなく、近づいてきたのだ。
とすれば、考えられることは一つ。
「なるほどな……お前って超鈍感なんだな」
その数秒後、実は起きていたらしいドラゴンによって俺の髪が一房ほど持っていかれた。




