六十四話目
翌朝、女性陣はすっきりとした様子で。対照的に男性陣はリビングデッドさながらの足取りでいつもの場所へ到着した。アレックスとゴーシュはまだ酔いが残っているのか時折ふらふらと体を揺らしている。こいつら本当に大丈夫か?
「さて、今日は私の番だったな」
メリーが翼をはためかせながら告げる。案外乗り心地はいいのでゴーシュたちも大丈夫だろう。少なくとも魔方陣よりはマシなはずだ。
俺たちはメリーが差し出してくれた右手から背中に上り、辺りを一望する。
綺麗な朝焼けが森を明るく照らしていた。この景色は中々見れるものではない。自然と頬がほころんだ。
「さて、行くぞ。しっかり掴まっていろよ」
言うなり、メリーはすぐさま飛び立ってしまう。メアだけはメリーの頭頂部へ、それ以外は全員メリーの羽の付け根付近で腰を下ろしていた。
「すまないが、今日は町へは行かない。その代わりいい所へ連れていってやろう」
まぁ、それもそうだろう。メリーは何と言ってもドラゴンだ。いくら魔法を使って人間に化けられると言ってもやはりその姿の方がしっくりくるに決まっている。
「で? どこに行くんだ?」
「まぁそう焦るな。後一時間ほどで着く」
一時間。今までが魔方陣であっという間に移動してきただけに異様に長く感じてしまう。けれど、メリーの背中から見える景色がその煩わしさを吹き飛ばしてくれた。
目に映りこんでくるのは日の光を浴びてキラキラと輝く湖や、世にも珍しいダイヤモンドでできた山など。それ以外にも優雅に空中を飛ぶハーピーたちの群れやどこぞの冒険家が乗った気球ともすれ違った。
彼らはドラゴンであるメリーの姿を見て少し萎縮していたようだが、俺たちが手を振ると手を振り返してくれた。彼らの旅にも幸運があることを願うばかりである。
その他にも様々なものが見て取れた。朝が早いということもあって静かなのもいい。流石にドラゴンが空を飛んでいたら、いくらなんでも驚かれてしまう。
ちなみに、ドラゴンは基本人間に有効な種族だ。曰く、暴れまわるドラゴンは人間でいう反抗期。粋がっているだけだそうで、それは成龍した後の黒歴史となってしまうらしい。これはメリーから聞いたことだ。
ただ、メリーは育ちが育ちだけに人間を襲うようなことはなかったが、反対に魔法生物たちにちょっかいを出していたという。まぁ、その度にマリカからお説教を喰らっていたそうだが。
そんなことを考えていると、不意にメリーが高度を下げ始めた。どうも近づいてきたらしい。
俺たちが下に視線をやるとそこには――
「……マジかよ」
ドラゴンの群れがいた。しかも、かなりポピュラーなものから、遭遇すること自体が奇跡と呼ばれるような希少種たちまで様々だった。
メリーは驚く俺たちに向かって嬉しそうに告げる。
「昔母様が連れてきてくれたドラゴンの里だ。きっと気に入るだろう」
そんなことより、俺にはこの光景の方が信じられなかった。
ふつうドラゴンは自分の縄張りを持ってそこを死守する。だというのに、ここでは無数のドラゴンたちが共生していた。しかも、これだけいるというのに近づくまで気配すら感じなかったのだ。何かしらの種があるに違いない。
と、そこで数体のドラゴンが舞い上がって俺たちの周りを旋回し始めた。てっきり襲撃されるのかと思ったが、違う。彼らはしばらくすると俺たちを先導してくれた。メリーはそれに従って降下し、ゆっくり着陸する。
「さ、着いたぞ。降りてくれ」
流石に全員テンションが上がっているようで、みんな我先にと飛び降りた。メアだけはメリーの背中からずり落ちてきたが。
「ここはドラゴンの里だ。ドラゴンでなければ入ることができない結界が張られている」
「そういうことか。どうりで気づかなかったはずだ」
「昔母様と旅をしている時に立ち寄らせてもらってな。ちなみにリースともここで出会った。思い出の場所だ」
「ほぉ……惚気か」
「まぁ、そうなるな」
隠しもしないで堂々と言い放つメリー。案外ベタ惚れしているようだ。
「やぁ、メリー! 久しぶりじゃないか!」
ふと、誰かが大声で呼びかけてきた。彼は袖の長い民族風の衣装を着て、草履をはいている。肌の色は浅黒く、体つきはがっしりしていて戦士然とした雰囲気を感じさせた。
そんな彼にメリーは深く頭を下げる。
「お久しぶりです。義兄さん」
「義兄さん!?」
思わず突っ込みを入れてしまった。とすれば、この人もドラゴニュートか?
彼はこちらに振り向き、愛想のいい笑みを浮かべる。
「やぁ、どうも。ガリーナです。妹たちが世話になっているようで」
「あ、これはどうもご丁寧に」
ヴィクトリアがすかさず返す。流石の対応だ。
ガリーナは俺たちを見回し――メアのところでピタリと視線を止めた。
「ほぉ……なるほどね」
彼は一人ごち、次は俺の方に向きなおった。
「ふぅむ……あなたは厄介なものをお持ちだ。おそらく禁呪――いや、これは性質としては呪いに近い」
「わかるのか?」
「ええ、私の目は特殊性でね。気をご存知ですか? 生物の体を巡るエネルギーだと思ってください。それが私には見えるのです。あなたのは複雑で、かつ淀んでいる。おそらく、数十、いや、数百年以上の絶望を味わってきたのでしょう」
「義兄さん。その辺で……」
「ああ、すまないメリー。いや、私の悪い癖が出てしまった。失敬。さて、義弟よ。ここに来た理由はなんだい?」
「ええ、ちょっと観光で」
「なるほど! それはいい。では、すぐに宴の準備をさせよう!」
言うが早いか走り去っていくガリーナの後姿を見ながら、メリーがそっと呟いた。
「すまんな。久々の来客で舞い上がっているようだ」
確かに、見れば女中さんたちに色々声をかけて回っている。舞い上がっているのは火を見るより明らかだった。
「何というか、ドラゴニュートとは思えないわね」
「ああ、ドラゴニュートってもっとおとなしい奴らかと思ってたが、あんな奴もいるんだな」
アレックスとリーシャが交互に頷き合う。リーシャはひとり苦笑したままだった。
一方で、メアは周囲を興味深そうに眺めている。まぁ、それも当然だ。
色鮮やかな、姿形もまるで違うドラゴンたちがうようよいるのだ。これまで閉鎖された世界にいたメアからしたら全てが珍しく映ることだろう。それにここは世にも珍しいドラゴンの里だ。俺だってドキドキしている。
……まぁ、ドキドキしているという意味ではゴーシュも同じだろう。
何故か?
答えは簡単。ドラゴニュートの女性たちがゴーシュの方をしきりに見ているのだから。
全員美人である。それこそ街に出れば男たちが放っておかないだろう。けれど、ゴーシュはガタガタと震えていた。おそらく、また女性の匂いをつけて帰ると色々まずいのだろう。
……というか、もはやゴーシュのこれは一種の呪いじゃないかとすら思ってしまう。
亜人族に対するフェロモンでも出しているのではないだろうか?
などとくだらないことを思っているうちにガリーナがまた戻ってきて俺たちを先導していく。すでにそこではキャンプファイヤーの準備がされていた。
しかし、火はまだ灯っていない。これから灯すのだろうか?
「あ、ちょっと失礼」
一言断りを入れ、ガリーナは組み木の方に寄り、
「ふっ!」
思い切り炎を吹きつけた。ごうごうと勢いよく燃えるそれをバックにする様はやはりドラゴニュートらしさを感じさせる。神秘的で、荘厳な佇まいだった。




