六十話目
「完全に誤算だったわ……」
舵に体をもたれさせながらリーシャが言う。
曰く、メアに見たことがない海や船上からの景色を楽しませてやりたかったそうなのだが、今回に限ってはそれが裏目に出てしまった。
案外船に弱かったらしいメアは船室でヴィクトリアの救護を受けている。
あらかた胃の中のものを吐いてだいぶ楽になったそうだが、以前として顔色が悪いままだったので、俺たちは船を港の方に戻すことにしていた。
「メアにも苦手なものがあるなんてなぁ……」
案外お嬢様気質なのに順応性が高いメアはほとんどなんでも楽しんでいた。けれど、まさか意外なところで弱点が発覚し、俺も驚きが隠せない。
だがまぁ、一番ショックなのはリーシャだろう。
ずいぶん自信満々だったようだし、それがだめだと知った時の表情は目も当てられなかった。可哀想に。あれほど輝いていた船長姿も、今では難破船の船長のように見える。
ふと、そこでメリーが口を開いた。
「むぅ……メアは大丈夫だろうか?」
「大丈夫だろ。ただの船酔いみたいだしな」
たぶん、メリーは彼女の持病のことも心配しているのだろう。けれど俺が調べた限り嘔吐の症状が出るとは書いていないし、何よりタイミングがタイミングだ。船酔いとしか言いようがないだろう。
「自分、水持っていきますね」
そそくさと駆けだしていくゴーシュ。今さらながら、あいつがいてくれてよかった。
確かに魔法は使えないが、何より気が利くし俺たちのことをよく見ている。何気に一番の功労者だと俺は評価していた。
「で? どうするよ、リーシャ」
「ちょっと考えさせてください……」
ああ、あれはダメだ。完全に参っている。おそらく自分の中で考えていたプランが全ておじゃんになったのだろう。一から練り直しと言う辛さは俺も十分よく知っている。と言って何かをできるわけではないのだが。
「ま、俺たちだけでも満喫するとしようぜ?」
「しかし……」
そこで俺は海面を指さしてやった。そこには――アレックスの姿。何と船の近くを遊泳していた。
それを見て、メリーは小さくため息を漏らす。
「全くあいつは昔から変わらんな」
「そういや、お前はあいつらと交流があったのか?」
「まぁな。母様のご友人の子孫と言うことで長い事交流を持っていたのだ。今でも祭りごとが行われるときにはたびたび厄介になっている」
「ほぉ……じゃあ、あいつらの両親のことも知ってるのか?」
それにメリーは首肯を返した。
「ああ、だが、あまりあいつらには似ていないな」
「なるほどな。ま、そういうこともあるだろ」
と言うことは、そいつらと会っても仲良くなれるかは微妙なところだ。
正直なところ今こいつらといるのは非常に心地いい。おそらくマリカたちに似ているからだ。
もしかしたら生まれ変わりなのでは?
などと思ってしまうほど、あいつらはよく似ていた。昔のアリシアやレックスたちに。
ふっと息を吐きながら、俺は空を見上げる。
澄み渡るほどの青空。もしあいつらが天国にいたら、俺たちのことをよく見れるだろう。
そう思うほど、綺麗な空だった。




