五十六話目
時計塔を降りた後、俺たちは近くで有名なジェラートの店に立ち寄っていた。
ここは比較的最近できたらしく外装も新しく、店員の人も応対が不慣れだった。けれど、こちらに対する心遣いなどはキチンと持ち合わせていたことを見るに、中々悪い店ではないようだ。
そうこうしているうちにジェラートがそれぞれに行きわたり、最後にヴィクトリアが会計を済ませてその場を後にすることとなった。ちなみに俺が頼んだのはローズハニーという味。バラの香料をふんだんに使っているらしく、香りに優れた逸品だ。
チロリと舐めてみると、かなり美味い。香りがいいだけでなくさっぱりとした味わいで滑らかな口触りだ。また、ハニーというだけあってはちみつが使われており、それが一層のアクセントを加えている。
「それにしても、今日はいろんなところに行きましたね」
ゴーシュがスプーンでジェラートをつつきながら言う。
「そうね。こんなに歩いたのも初めてだわ」
メアがポツリと返す。彼女が頼んだのはポピュラーなレモン味。しかしそれが意外にすっぱかったのか、メアは時折顔をしかめさせていた。
「ま、いい体験できたんじゃねえの?」
「それはあなたもでしょう? アレックス」
アレックスにリーシャが冷淡に答えた。そう、奴が買ったジェラートはこともあろうかバジル味。俺もちょっと食べさせてもらったのだが……美味いとか不味いとかいう概念を超えて面白い味だった。一口食べて笑い出してしまったほどである。
中にはバジルの葉が原型を残して入っており、口に入れた瞬間その風味が弾けるのだ。あれは中々に貴重な経験だったと思う。
「さて、ではそろそろ帰りましょうか?」
もうジェラートを食べ終えたヴィクトリアが告げる。言われてみればもうすっかり日は沈んでおり、時計はすでに八時を指している……が、メアはこう答えた。
「できれば、最初に行ったお店にまた行きたいわ。夜のメニューもあったみたいだし、食べてみたいもの」
なるほど、とヴィクトリアは優しく頷き、俺たちに一粒ずつ錠剤を渡してきた。
「お腹の具合を整えるお薬です。ジェラートを食べた後でも十分食べられるようになりますよ」
確かに甘いものを食べた後は夕飯が入りにくい。それを気遣ってのことだろうが、中々に用意がいい。流石はヴィクトリアと言ったところだ。
俺たちは先にジェラートを食べきってからその薬を口に放り込んだ。すると、胃がぐるぐると音を立て、それから脱力感が俺の体を襲う。まるで胃の活動に体のエネルギーを持っていかれているようだ。
しばしそれが落ち着いてから、俺たちはまた例の店まで歩いていった。が、ゴーシュだけは憂鬱そうに顔を俯かせている。きっとまた迫られるのが怖いのだろう。モテるというのも困りものだ。
などと思っているうちに店に到着。開かれるとそこは朝来た時とはまるで別の世界だった。
人や魔法生物たちで溢れかえり、誰もが楽しそうに談笑している。
「あ、また来てくれたんですね。嬉しいです」
寄ってきたウエイトレスがそう告げる。彼女は俺たちを見渡し、ゴーシュのところで止めた。
「では、こちらへ」
俺たちは促されるままカウンターの席に座った。本当なら円卓がよかったのだが、そこはすでに客たちで埋め尽くされていた。まぁ、カウンター席で食べたことがないメアにとってはいい経験だと思い納得することにした。
「ご注文は?」
髭を蓄えた渋めのマスターが告げる。
「まず、適当に飲み物を見繕ってください」
「あいよ」
そう言って彼は俺たちにはアルコールを、メアにはソフトドリンクを渡した。
無論、今のメアは魔法で姿を隠している。だというのに、このマスターはそれを見破った。もしや、どこかの回し者か……?
「大丈夫ですよ、ウルさん。彼はちょっと特殊なんです」
ヴィクトリアの言葉を受け、彼は自分の右目を指さした。その中には黒目ではなく、何やら幾何学的な魔方陣が浮かんでいる。
「俺は魔眼持ちなんだ。だから、魔法をかけていたとしても正体が見破れる……が、言いふらしたりしないから安心してくれ。この店にはそう言った連中もよく来るからな」
それだけ言って彼は厨房の方へと去っていった。
唖然とする俺の方にヴィクトリアが向き直り、
「彼は信用できる人ですよ。私が保証します」
「そう言えば、お前はここに結構来るって言ってたような……」
なるほど、常連だからこそよく知っているわけか。それなら納得だ。
そこで俺は自分に渡されたウイスキーのグラスを傾けた。いいものを使っているのだろう。良い風味だ。
「お待たせしました。これ、サービスです」
「あ、ありがとう……」
ウエイトレスから山盛りのポテトフライをもらいながら、ゴーシュが言う。彼女はやはり、ゴーシュに熱っぽい視線を向けていた。
「ゴーシュはモテるのね」
「からかわないでくださいよメア様……」
疲れたようにため息をつきながら、ポテトをこちらにサーブしてくれる。メアは笑いながらそれを軽くつまんでいた。
思えば、メアもよく笑うようになったものだ。最初に会った頃なんて、本当に人形のようだった。美しさというのもあるが、感情の起伏に乏しかったように感じる。
けれど、今はどうだ?
よく笑っている――おそらくこれが本来の姿なのだろう。何にせよ、今のメアの方が俺は好きだ。
などと思いながら、俺はまたグラスを傾けた。




