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五十三話目

 さて、朝食を終えた俺たちが向かったのは大通りだった。

 ここでは各地からの行商人が集まり地方の特産品を売りさばいている。それは食量であったり、工芸品であったり、果ては貴重な鉱物だったりと様々だ。

 そんな折、メアがある店の前でふと足を止める。そこはマジックジュエルの店だった。

 マジックジュエルとは言ってしまえばお守りのようなものだ。宝石に様々な紋様を描くことでそれぞれが特殊な効果を発揮する。例えば、魔法耐性を上げるものであったり、悪霊から身を守るものまである。

 そんな中でメアが気に入ったのはエメラルドジュエルだった。深い緑色の宝石に太陽を象った紋様が描かれている。

 効能としては……病気の治癒。それを見てずきりと鈍い痛みが俺の胸に走った。

「じゃあ、ひとつお願いします」

「あいよ。五万デリーね」

 五万デリー……!? かなり高いんじゃないか?

 けれど、ヴィクトリアはすぐに財布を取り出して代金を渡した。

 流石ヴィクターの家系というか、資産はたくさんあるようだ。俺にとってはそれなりに高い買い物に思えたが、ヴィクトリアは平然としていた。

「ウル」

 そこで、リーシャが不意に声をかけてきた。直後、脳内に彼女の声が響く。

『ちょっとついてきて。買いたいものがあるの』

 わざわざ魔法を使ってまで語りかけてくるとは相当だ。俺はそれに頷きを返し、ヴィクトリアの方に視線をやる。

「ヴィクトリア! 俺たちちょっとあっち行ってくるわ」

「あ、わかりました。気を付けて下さいね?」

 彼女たちに別れを告げ、俺は先を行くリーシャのもとまで歩み寄った。すると彼女はまた魔法を使って語りかけてくる。

『ここにはいろいろな薬もあるの。メアに聞くかはわからないけど、ないよりはマシでしょう?』

 ああ、その通りだ。少しでも生きられる可能性があげられるのならそれに越したことはない。

 まずリーシャが立ち寄ったのは先ほどのジュエル屋だった。

「おや、先ほどのお嬢ちゃんじゃないか。何か御用かい?」

 店番の老婆がしゃがれた声で告げる。リーシャは凛とした態度で答えた。

「ええ、病気の子がいるの。だから、その子に効果がありそうなジュエルを見繕ってちょうだい」

「ああ、なるほど。では……合計二十万デリーじゃな」

「はい、どうぞ」

 サッと金を出せるだけリーシャもかなりの金持ちのようだ。いや、アリシアがそうだったからもしかしたらと思っていたのだけど。というか、もしかしたら俺以外の全員金持ちかもしれない。俺は投獄された時家も金も全て奪われてしまったからなぁ……。

「何をしてるの? 早く行くわよ」

 そそくさと歩いていくリーシャ。やれやれ、人使いが荒いところもそっくりだ。

 それからというもの、俺たちは手当たり次第に薬になるものや病の進行を遅らせる効果を持つジュエルなどを買っていった。

 あらかた買い終えたところで俺たちはヴィクトリアたちを魔法で探知することにした。どうやら今は近くのカフェにいるらしい。買ったものを魔法で転送させてからそちらに足を向けていく。

「ねえ、ウル。あなたはどうしてあの子と一緒にいるの?」

「あ? 何だよ、いまさら」

「いえ、ただ不思議だったのよ。だって何百年も投獄されていたんでしょう? もっと思い出の場所を見て回りたいものなんじゃないの?」

 なるほどな……けど、それは間違いだ。

 つい笑いを漏らしてしまい、リーシャに睨まれてしまった。

 俺は目尻に浮かぶ涙を拭いながら、弁解を口にしていく。

「いや、そりゃ知り合いがいればそうしてえよ。けどな……もうこの世界にあのころの俺を知っている奴はいねえ。俺の思い出の場所だって、もうすっかり変わっちまってるだろう。だから、あまり行こうとも思わねえんだよ」

 そうだ。確かに思い出の場所に行くという考えもあっただろう。けれど、それを見てしまったらまた昔のことを思い出してしまう。過去に囚われてしまう。それは俺の本意じゃない。

 それに、メアは俺をここから連れ出してくれた。そして、俺とは違うが苦しみを抱えて生きている。だからこそ、俺は彼女とともに行くのだ。

「ふぅん……難しいのね」

 リーシャはそれっきり何も言わなかった。そうしているうちに、俺たちはヴィクトリアたちのもとまでたどり着く。そこには――巨大な袋がドンと鎮座していた。

「それ……買ったのか?」

 するとリーシャがメアの代わりに代弁した。

「ええ、もちろん。だって買わない後悔より買って後悔……でしょう?」

 おい、ヴィクター。お前甘やかしすぎたんじゃないか?

「ところでメア。何が一番気に入ったのかしら?」

 リーシャが不意に語りかける。メアはにこやかにそれに応えた。

「そうね、フェアリーパウダーがよかったわ」

 フェアリーパウダーとは文字通り妖精の鱗粉である。これには治癒の効果があり、ちょっとした怪我なら一瞬で治ってしまう。おまけに物に振りかければ祝福を得られる。すでにメアは持ち物全てにかけたようだった。

「さて、次はどこに行きましょうか?」

 ヴィクトリアが地図を広げながら言う。すると、メアがある一点を指さした。

「私、ここに行きたいわ」

「これって……さっきの時計塔ですか?」

 それに返されるのは、首肯。メアはゆっくりと口を開いた。

「あれって、街の名物でしょう? だったら、行ってみたいわ」

「……わかりました。では、少し休憩したら行きましょう」

 ヴィクトリアの言を受け、俺とリーシャは近くの席に腰を下ろした。

 歩き疲れたせいで足がへとへとだ。

 俺はすぐ給仕の男性を呼んで炭酸水を頼み、ほっと息を吐く。

 リーシャの言ったことが俺の心にまだ残っている……そんな気がした。


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