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五十二話目

 翌朝、メアとアレックスは楽しげに談笑しながらいつもの場所へやってきた。

 曰く、昨日はライオットの話で盛り上がったらしい。すっかりお熱だった。

 さて、今日の担当であるヴィクトリアはというと、少しだけ疲れているようにも見えた。けれど、どこか満足げに見える。きっと上手くいったのだろう。

 彼女は昨日のアレックスと同じように地面に魔方陣を描いていたが、やがて完了したのかこちらに振り返ってきた。

「お待たせしました。では、参りましょうか」

 すぐさま頷きを返し、その中へと足を踏み入れる。それから数秒もしないうちに、転送が開始させられた。


 目を開くとそこは見知らぬ土地だった。どことなく森とは違って文化的な建築物がいくつも建てられている。中にはメリーと同じほど高いものもあった……まぁ、今は人間の姿をしているが。

「ここはどこ?」

 メアが訊ねると、ヴィクトリアは嬉しそうに答えた。

「ここはマキナ王国。流通が盛んで東西南北ありとあらゆるものが集まるところです。よく私も儀式に使い材料を買いに来ています」

 言われてみれば、昔の面影がところどころ残っている。針の動いていない時計塔だとか、虹色の光を放つ球体だとか、俺が子供のころ来た時のままだ。

「さ、行きましょう。あ、欲しいものがあったら遠慮なく言ってくださいね? 今日はそれだけのお金を下ろしてきていますから」

 けれど見せないのはやはりスリを警戒しているのだろう。人が多いということはそういうことでもあるのだ。

「そう言えば、朝ごはんもまだでしたね。おすすめの食堂に行きましょうか」

 ヴィクトリアが向かっていくのは裏通りを抜けたところにある古い店――『トラットリア・コンポジスト』だ。俺も昔修学旅行で来たことがある……あの時は余所の魔法学校の奴ともめごと起こしたっけ……結果仲良くなって一緒に飯食ったけどいい思い出だった。

 そんな時、ヴィクトリアがドアを開けて入室を促した。

 中はいたって普通の食堂。あらかじめ予約してあったのか机が三つ並べられているところに俺たちは腰かけた。

「いらっしゃいませ、メニューとお冷をどうぞ」

「あ……」

 流石というか、ゴーシュが給仕の女性に目をやった。というのも、彼女は人間じゃない。足がタコの魔法生物・スキュラだ。その触手で器用にお冷を配給している。

「注文が決まったらお呼びくださいね」

「ありがとう」

 去っていく彼女はゴーシュに軽くウインクしていった。どうもこいつは魔法生物に好かれやすい顔をしているらしい。ここに来るまでもずっとこんな調子だった。

「さ、何でも食べて下さいね。今日は私のおごりですから」

「では、遠慮なく頂こう」

 メリーが厳粛な口調で告げる。本当にやりそうだから怖い。

 それからしばらくして全員の注文が定まり、また給仕を呼んだ。

 そして口々に自分が食べたいものを言っていく。スキュラの彼女は混乱することなく触手で注文を書き込んでいった。案外見かけによらずやり手なようだ。

「では、しばしお待ちください」

 そう言って彼女は厨房に向かっていった。かと思うと、今度はドリンクを持って帰ってくる。無論、俺たちはそんなの頼んでいない。

「こちら、サービスです」

 おそらくここの名物ドリンクだろう。メアのことを気遣ってかソフトドリンクにしてくれたようだ。ちなみに、彼女は終始ゴーシュを見続けていた。完全にロックオンされているらしい。

 一方でゴーシュはビクビクと肩を震えさせていた。昨日たっぷり絞られたか、それか浮気は許さないとでも言われたのだろう。何にせよ、少し気の毒に見えた。

 そんなことを思っているうちにまず最初の料理がやってくる。ヴィクトリアが頼んだサンドイッチだ。

「こちら、アルミラージ肉のハムサンドでございます」

「ありがとう」

 そこで食堂に伸ばしていた触手の一本を回収。そこにも料理が乗せられていた。

「ドラゴンチーズのカラドネ風ピザです」

「む、私だな」

 メリーが恭しくそれを受け取った。そうこうしている間にまた次の料理が運ばれ、いつしかテーブルの上は食材だらけになっていた。

「では、失礼します」

「どうもありがとう」

 最後までゴーシュを見ながら去っていくスキュラの給仕。その様子をどこか感心した目でメリーは眺めていた。

「ここまで魔法生物に好かれるのも珍しいな……もしや、サキュバスの血筋か?」

「そんなわけないですよ。自分はただの人間ですって」

 ぼやきながらパスタを巻いて食べるゴーシュ。トマトベースのそれは見るからにうまそうだった。

「ま、ある種それも才能だな。獣使い(ビーストテイマー)になれるかも」

「ウルさんまで……もういいですよ」

「とか言って、まんざらでもないだろ?」

 にやにやと意地汚い笑みを浮かべながらアレックスが問う。一応ゴーシュは控えめに頷き返した。

「ヴィクトリア。あなた中々いいお店知ってるのね」

 リーシャが口元を拭いながら言う。

「本当。こんなに美味しい料理があるなんて知らなかったわ……もちろん、メリーが作ってくれたのも美味しかったけど」

 メアがポツリと呟く。彼女も運ばれてきたオムライスをパクパクと嬉しそうに食べていた。

「修学旅行の時に来たんですけど、それ以来ここに来たら必ず来てます。味が美味しいのもそうですが、この食堂には大勢の人が来ますから。いろいろお話してみるのも楽しいですしね」

「? そう言えば、お前らってもう卒業後の進路決まってるのか?」

 それは昨日アレックスの件を経て感じていたことだった。今は夏だから休業期間だろう。だとすれば、もう卒業後の進路が決まっていてもおかしくない。事実、俺たちの代もこの時期であらかた内定が決まっていた。

 ヴィクトリアは口内に残っていたものを嚥下し、ゆっくりと口を開く。

「私は魔法学校の教師になる予定です。と言ってもすぐなれるわけじゃないので、少し遠方で修行を積んでからですが」

「へぇ……科目は? やっぱり魔導学か?」

「いえ、魔術史です。やっぱり過去を知ることって好きなので」

 なるほど、やはりこいつもヴィクターの子孫だ。あいつも探究心が旺盛で、暇さえあれば本を読み漁っていたのを覚えている。

 彼女に頷きを返してから、俺はもう一人の方に視線を向けた。

「なら、リーシャは何になるんだ?」

「私は……まだ未定よ」

「ああ……」

 この時期になって決めていない生徒というのは例年一人二人はいる。別に才能がないとか、就職難だからというわけではなく、ただ選択肢が多すぎるから迷っているだけなのだ。有能な生徒ほど、それに陥る傾向がある。

「まぁ、何とかなるわ。だって私だもの」

 うん、そう思う。だってアリシアの子孫だし。

「さ、お話もいいですが冷めちゃいますからまずは食べましょうか?」

「それもそうだな」

 言って目の前の皿に視線を戻す。ちなみに俺が頼んだのはロード・ボアのステーキだ。かなり野性味にあふれているが、香辛料のおかげで臭みはない。朝でも十分に食べられる軽さだ。

 窓の外に見える街並みを見ながら、俺はゆっくりと肉を嚥下した。


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