三十七話目
ひとまず王宮から逃げおおせた俺たちは椅子ウサギの背に乗ってマリカたちの森へと向かっていた。途中あまりにもメアが腹が空いたというので近くになっていた果実をやったら今は黙々とそれを食べている。何でも、王宮にいたころは体に良いもののそこまで美味しくなかったり、甘い食べ物が食べられなかったらしい。
「そういや、椅子ウサギ。お前あの合成獣とはどうよ?」
「グルッ!」
嬉しそうに喉を鳴らした――ということは上手くいっているのだろう。まぁ、椅子ウサギはかなり良い奴だし、それは何となく予想していたが。
「ま、仲がいいなら何よりだ。ちゃんと大事にしてやれよ?」
「ガウッ!」
「ねぇ、ウル。これからどうするの?」
ふと、メアが口を開いた。もうあらかた果実は平らげてしまったのか、満足げに横になっている。そのお腹もポッコリと膨らんでいた。
「う~ん……とりあえず森に戻るか。それから先は後で考えよう」
「そうだ。ちょっといいか?」
どうやら聞こえていたのか、メリーが高度を下げながらこちらに近づいてきた。俺がそちらを向くと、奴は少し嬉しそうに、
「アルトリア殿から連絡があったのだが、ちゃんと話せたか?」
「ああ、十分な。それがどうかしたか?」
「いや、それをわざわざ報告してくれてな。ずいぶん嬉しそうにしていたぞ?」
そうか……? 別段俺と会ったときはそんな素振りは見せていなかった気がするが。
「まぁ、いいや。それよりメリー。来てくれてありがとうな」
「礼ならば彼に行ってくれ。自分だってボロボロなのに必死で救援を求めてきたのだ」
チラリとメリーの背を見れば、照れくさそうに頭を掻いているゴーシュの姿が目に映ってきた。
「ああ、そうだよな。ゴーシュ、ありがとう。傷の方は大丈夫か?」
「ええ、皆さんが三日三晩つきっきりで看病してくれたので」
俺の脳裏にあの肉食系女子たちが思い浮かび、つい苦笑を漏らしてしまった。すると、メリーがそれを聞いて長い首をゴーシュの方へと向ける。
「彼女たちもずいぶんお前のことを気に入っているようだ。どうだ? いっそのことあそこに住んでは?」
だが、ゴーシュはそれに渋い顔を返す。といっても別段嫌そうな雰囲気は見えない。
「う~ん……自分は、もう少しだけウルさんたちと旅をしたいです。もちろん、二人がいいと言えばですが……」
「馬鹿野郎。お前がいた方がいいに決まってるじゃねえか。むしろ、こっちから来てくれってお願いしたいくらいだぜ」
「そうよ。だってウルだけだと心もとないもの」
「ウルさん……姫様……」
涙ぐむゴーシュと、慈母のように微笑むメア。
というか……俺はそんなに頼りないのだろうか? 魔法だって使えるのに……まぁ、料理や洗濯はほとんどできないからそう言われても仕方ないかもしれないが。
「……ん?」
そう思い、ため息をついた時だった。前方で、複数人の気配がしたのは。
「椅子ウサギ、止まれ」
「? ガウ」
不思議そうにしながらも足を止めた椅子ウサギ。野生の勘を持っているはずのこいつでも気づかないほどうまく気配を消しているが、俺にはお見通しだ。
おそらく――三人。しかも俺と同等かそれ以上の奴が潜んでいる。
「どうした?」
不審に思ったのか、俺のそばに降り立つメリー。こいつも気付いていないのか……?
「おい、誰かいるだろう。出てこい」
しかし、それに返事は返ってこない。まぁ、警戒しているのだろうからそれは予想していたが。
そこでメリーはふっとため息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「お前たち……何故隠れているのだ? 彼が例の男だよ」
そんなことを口走ったかと思うと、茂みから三人の男女が歩み出てきた。
おそらく初対面――だと思う。けれども、どこか見覚えがあった。雰囲気というか顔つきというか……それこそ懐かしさを感じるほどだ。
そんな俺を見かねてか、メリーが顔をこちらに向けつつ、告げる。
「実はアルトリア殿は他の者たちにも連絡をしてきてな。そしたら、ぜひとも会いたいと言ってきたらしいのだ」
「他の者……あっ!」
「気づいたようだな。そう。母様のご友人たちの子孫だよ」
言われてみれば……全員どことなく面影がある。
ガラの悪いチンピラ風の男はたぶんレックスの子孫。
育ちのよさそうな女性はおそらくヴィクターの子孫。
凛とした女王様風の女性は間違いなくアリシアの子孫。
みんなまだ魔法学校を卒業したばかりといった年だ。おそらく同期であるならいいライバル関係を気付けているだろう。俺たちがそうであったように。
と、そこで男がまず一歩こちらに歩み出てきた。
「はじめまして、ウル……さん、か……です」
あ、こいつ間違いなくレックスの子孫だ。敬語が苦手なところとか困ったときに頭を掻き毟る癖なんか超そっくり。後、めっちゃ頭悪そう……レックス、お前子孫に謝れ。変な遺伝子残してやるな、馬鹿。
それを困ったように見ながら、今度はふんわりとした雰囲気の女性が歩み出てきた。
「はじめまして、ウルさんですか? 私はヴィクトリア・ラックホーンです。ヴィクター・ラックホーンは私の曾おじい様で、小さい頃はよくあなたのお話を聞いていました……『もし会えることがあったら力を貸してくれないか』……と」
この子もヴィクターの子って感じだな。丁寧な言葉遣いとか、人を安心させる雰囲気とか本当にあいつ譲りだ。しかも可愛いし、きっとモテるんだろうなぁ……スタイルも抜群だし、何より胸が大きい。
「ねぇ、ヴィッキー。あの男鼻の下伸ばしてるわよ。一応下がっておきなさい。全く男って奴はこれだから……」
「いや、伸ばしてねえよ! ってか、お前本当アリシアそっくりだな!」
目の前にいる少女はまさしくアリシアが蘇ったようだった。キッと吊り上った目元やすらりと伸びた手足なんかあいつ譲りだ。ただ青い瞳だったアリシアに対し、この子は緑。違いはそこくらいだ。
「あら、おばあ様にそっくりって言ってもらえるとは光栄ね」
言い方から察するにこの子はアリシアのことを尊敬しているらしい。まぁ、アリシアほどの魔法使いはなかなかお目にかかれるレベルではなかったし、尊敬を集めるのも必然だろう。
というか、そういう意味ではヴィクターやレックスも大概だと思うが……特にレックスは魔力を持っていないくせに強かったからなぁ……あの脳筋め。
そんなことを考えていると、ちょんちょんと俺の肩をメリーがつついてきた。
「まぁ、よければ私に母様の話をしてくれたようにこの者たちにも昔話を聞かせてやってくれ。そのために来たと言っても差し支えないだろう?」
「さっすがよくわかってんな、ドラゴンのおっさん!」
あ、そうか。レックスたちの孫以上ということは、メリーはだいぶ年上だ。一瞬おっさんと言われたときに泣きそうな顔になっていたのは気のせいだろう。うん。
「まぁ、そういうことならいくらでも話してやるよ。ま、とりあえずはメリーたちの家に戻ろうぜ。そっちの方がいろいろ都合がいいからな」
主に、食料と酒という点で。
そう思いつつ、俺は過去の記憶に思いをはせるのだった。




