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三十六話目

 階段を上っていくと数分もしないうちに最上階へ到着。そこで俺は――

「メアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 力の限り叫んだ。すると、ある一つの部屋のドアがほんの少し物音を立てた。おそらく、あそこにいる。

「メア! いるのか!」

「ウル! あなたなの? ああ、よかった。無事で……」

 メアの声だ。間違いない。俺は急いでドアを開けようとしたものの、びくともしない。魔法でもかけていやがるのか……。

「メア! 離れろ!」

「わかったわ!」

 彼女の気配がこの場から消えたのを確認してから、俺は呪文を紡ぐ。

「《盗賊の王よ・あらゆる場所へ・その身を赴かせよ》」

 数秒後、ガチャリという音と共にドアが開かれる。すると……

「ウル!」

 勢いよく彼女がこちらに飛びこんできた。ろくに踏ん張っていなかった俺はその勢いに押され、後ろの壁に衝突。だが、メアは構うものかといわんばかりにこちらに顔を摺り寄せてくる。

「ウル……ああ、ウルだわ……よかった……もう会えないかと……」

 メアは嗚咽を漏らしている。普段の彼女からは想像ができない姿だ。

「メア。お前は大丈夫か?」

「ええ……でも、本当にあなたが無事でよかった。もうお別れだと思っていたの……」

「泣くな。ほら、俺はここにいるだろ。な?」

 けれど、メアは泣き止まない。まるで俺の存在を確かめるように強く強く抱き寄せている。

 全く……まだまだ子供だったってことか。いいぜ。好きなだけ泣きな。

 そう思い、息をついた時だった。新たな気配が階段の方から現れたのは。

「悪いが、私の娘を離してくれないか?」

「てめぇ……」

「……お父様」

 やはり、こいつだ。見てくれからしてもまさに王。王冠を被り高級そうなローブに身を包んでいる。今メアが着ているドレスとどことなく雰囲気が似ていた。

「これはこれは、はじめてお目にかかる。地下牢の化け物ども。メア――いや、メアリ・ブランブルクの父にしてこの国の主、バシュカ・ブランブルクだ。以後よろしく頼む」

「もう二度と会うこともねえと思うが……今さら何をしに来た」

「決まっているだろう。娘を取り返しに来た」

 そこで奴は、大きく息を吸って告げる。

「娘はな、不治の病なんだ。だから安静にしてやらなければならない。お前が連れ出したせいで病気が悪化したらどうする! 責任をとれるのか!」

「……おっさん。さっきから偉そうなこと言ってるけどよ、メアの言い分を聞いたことがあんのかよ?」

「何?」

「お前の考えはよくわかった。けど、メアがどうしたいのかを聞いてやったのかって言ってんだよ」

 だが、王はそれに嘲笑を返す。

「馬鹿め。メアのためを思ってやってあげているのだ。不満に思っているはずがないだろう」

「……ああ、わかったわ。お前、親失格だよ」

「何だと?」

「何だよ、『やってあげてる』って? お前は義務感で子供を育ててんのか? 何で上から目線なんだよ。子供に無償の愛情を与えんのが家族だろうが!」

 ああ、わかった。こいつはクソ野郎だ。きっとメアも今まで言いたいことが言えなかったに違いない。その証拠に、野郎が現れてからメアが委縮した様子を見せていた。

 一方で、王も激昂している。

「貴様に何がわかる! 娘のためを思ってのことだ!」

「……ふぅ、いいぜ。なら、メア。言ってやれ。お前がどうしたいのかを」

「わ、私は……」

 言い淀むメア。それを見て、王は嫌な笑みを浮かべた。

「なぁ、メア。今の生活に不満かい? パパとママがお前にやっていることが気に入らないかい?」

「い、いえ、そんなことは……」

 最悪だ。一見優しげに聞こえるが、そこには確かな威圧感が潜んでいる。抑圧――とでも言った方が正しいだろう。それが感じられた。

 だからこそ、言ってやる。

 俺はトン、とメアの背中を押し、

「メア。誰にも気を遣う必要はねえ。言ってやれ……いいか? 自分に嘘だけはつくな! お前が本当はどうしたいのか、言え!」

「私は……私は!」

 スゥッと息を吸い込み、

「私は……ウルと行きたい! ウルと一緒に……生きていたい! こんな王宮にいるより……あなたと一緒にいたい!」

「よく言った!」

 ああ、喜べよ、クソ野郎。お前の娘は立派に成長したぜ。てめえなんかより、よっぽど立派だ。

 しかし、王は自分に反抗した娘が許せないのか、それともそれ以外の感情が渦巻いているのか複雑な表情を浮かべていた。かと思うと、

「メア……何でわからないんだ!」

 ズシズシ、こちらに向かってきた。そして奴の手がメアに降れようかというところで、メアの部屋の一部が崩れ去った。

「な、何が起こった!?」

 バッとそちらに視線をやる王。そこにいたのは……

「い、椅子ウサギ……?」

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 俺の問いに応えるように、椅子ウサギはけたたましい咆哮を上げた。

 馬鹿野郎……どこまで行っても義理堅い奴だぜ、お前は。

「メア! 行くぞ!」

「……ええ!」

 やがてメアは俺の手を取り、共に椅子ウサギの元へ向かう。

「頼むぜ、兄弟!」

「グルゥッ!」

 飛び乗るや否や、小さく唸って崩れた壁の方を向く椅子ウサギ。

「ま、待て! メア! 何故そのような下賤なものと共に行く!?」

「……ごめんなさい、お父様……でも、私はもっと外の世界を見に行きたいの。それで寿命が縮まってもいい……この美しい世界を知ることなく死ぬぐらいなら!」

「ハハハハハッ! いいぜ、メア! 最高だ! さぁ、行くぜ!」

「ま、待って……」

「ガルウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ひ、ひいいいいいっ!」

 駆け寄ろうとしていたものの、椅子ウサギの咆哮にビビッて尻餅をつく王。俺はすかさずそちらに視線をやり、

「あんたも人の親ならよ、命を懸けてみろよ。少なくとも、娘を助ける時ぐらいはな」

 それだけ言って、椅子ウサギの体をとんと叩く。すると、椅子ウサギはその体を収縮させ、バッと塔から飛び降りた。

 一瞬着地で失敗するかと思ったが、ふわりと着地し一目散に駆け出していく。上空にはメリーに乗ったゴーシュの姿も見えた。何とか無事のようである。

「……にしても、やっぱり締まらねえなぁ。普通姫を助けるって言ったら白馬だろ?」

「ぐ、グルゥ……」

「ウル。そんな風に言わないで。大丈夫よ、あなたは私にとっての白馬だから」

「ガルゥ!」

 悲しそうにしていたものの、メアに慰められるや否や勢いを取り戻す椅子ウサギ。こいつは全然変わらねえな……女好きなところも、お調子者なところも、義理堅いところも、全部変わらねえ。いや、だから最高だ。

「さぁて、メア。これからどうする?」

「そうね……まずは……」

 そこでぐ~っと響き渡る音。その発生源はメアのお腹だ。

「何か美味しいものが食べたいわ」


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