三十五話目
目の前にいる女を力強く睨みつけながら、俺は告げる。
「どけ。殺されたいか?」
対する女は哄笑を上げるだけだ。タイマンでの勝敗など目に見えているだろうに。馬鹿な奴だと今更ながら再確認させられる。
「馬鹿ね。一人で来るわけないじゃない」
そう言って指を鳴らすと同時、空間に割れ目が出現。するとそこから数百という兵士たちが出てきた。その中には、以前見かけたような奴らもちらほらと見える。だがまぁ……いいだろう。相手になってやる。
「《邪教の徒よ・愚劣なる盲信者よ……》」
「詠唱させないで!」
女の金切り声の直後、一斉に放たれる矢。そして魔法。だが、そんなこと知ったことか。俺は構わず詠唱を続けた。
「《大いなる忠義心を持って殉教せよ……》」
矢が俺の体を貫き、火炎弾が俺の右手を持っていく。だが、詠唱は止めない。
それを見てか、血相を変えた様子で兵士たちはこちらに突撃してきた。が、遅い。
「《残された者の心に・癒えない傷を残しながら》!」
直後、俺を中心にどす黒い空間が形成される。
「な、何よこれは! こんな魔法……見たことがない!」
だろうな。これは昔マリカに負けてから作った代物だ。奥の手のうちの中でもまた異色。言わば、対防御魔法専用魔法とでも言ったところだ。
「くっ! でも本隊さえ殺せば……やりなさい!」
女は俺の目の前に来ていた兵士たちに声をかける。だが、彼らはピクリとも動かない。
「どうしたの!? 早くやりなさい!」
「悪いけど、それは無理だぜ。だってこいつら、もう死んでるから」
いや、正確に言えばそれは語弊がある。彼らは今、過去のトラウマを見せられているのだ。
この魔法――《異端の呪い》は空間内にいる人間に過去のトラウマを一度に見させるものだ。防御は不可。精神攻撃の類だから物理干渉は出来ない。その上、これを受けた者はよほどの精神力がない限り戻ってこれない……ちなみに実験台になってくれたレックスはものの数十秒でこれを看破したが、あれは異例だ。うん。
「こ、こんな……ありえない!」
次々に、精神力が弱い順に兵士たちは目から光を失っていく。死んではいない。が、心が死んだのだから廃人だ。もう生きている意味も見つからないくらいだろう。
「嘘……いや! こんなところで……こんなところで死にたくない!」
叫びながら空間から脱出を試みようとする女。だが、無駄だ。この空間内は一種の結界。脱出しようと思うなら、全力の攻撃をぶつけるしかない。まぁ、俺に背を向けてやれるものならやってもらいたいところだ。
俺は一歩一歩女の方に進んでいく。奴の目には、確かな怯えがあった。
「ま、待って……今までのことは謝るから、殺さないで……」
「言ったよな。容赦しねえって」
「じょ、冗談でしょ? そ、そう! 殺さないでくれたら私の体好きにしていいから! だから殺さないで!」
「悪いな。それは魅力的な提案だが、残念。お前に魅力を感じねえ」
ますます女は表情を強張らせるばかりだ。が、途端にハッとした表情になり、
「わ、私を殺したらお姫様はどう思うでしょうねぇ……人殺しに助けられるってのもどうかしら?」
「ああ……そうだな。そう言われればそうだ」
そこで勝ち誇ったような調子で、女は続ける。
「で、でしょ! だから殺さ……」
「でも、殺さなければいいんだよな?」
ひくっと女の表情が引きつった。もう打つ手がないといった感じだろう。
「お、お願いだから……殺さないで……ただ依頼されただけなの……あなたを苦しめたのも仲間を殺されたからで……」
地べたにへたり込んで涙を流し、無様に体を震わせる女。まぁ、事情は把握した。ならば……
「わかった。情けをやろう」
ポンッと女の頭に手を置き、
「《空腹の魔王よ・その余す力を使い・この世の全てを略取せよ》」
詠唱を完了した。その数秒後、空間に変化が訪れる。上空に小型のブラックホールが現れ、兵士たちを呑みこんでいった。当然、女もそれに引きずり込まれそうになるも、俺の右足をしっかりと掴んで離さなかった。
「いやああああああああああああああああああっ! 死にたくない! 死にたくない!」
「死なねえよ。あの先にはちゃんと出口があるから安心しな」
そう言って、俺は女の手を払った。
「きゃああああああああああああああああああああああっ!」
「ま……出口がどこかは俺にもわからねえがな。平和な村か、はたまた危険生物のうごめく山か……あるいはドラゴンの胃袋か。行ってのお楽しみだ」
俺以外の全員を吸い尽くしたブラックホールはやがて消滅。そこで俺はメアがいる方へと足を向けていくのだった。




