三十一話目
気が付くと、目の前には見慣れた光景が広がっていた。
血が染み込み、気持ち悪い模様となってしまっている石の壁。
四肢に繋がれた見るからに堅牢で重厚な鎖。
むせ返るような血の匂いがするここは――そう。かつて俺が閉じ込められていた牢獄だ。
ああ、そうか。俺はあの後捕らえられたんだ。ということはやはり、あいつらは国から依頼されて来たわけだ。なるほど、どうりで一筋縄じゃいかないはずだ。
「目は覚めた?」
「……てめえか」
柵の向こうにいる女の方を強く睨みつけながら、俺は凄みを利かせた声で告げる。
「メアはどこにいる?」
「もうとっくに捕まえているわよ。今はお部屋でぐっすり。ああ、でも、一緒にいた男には逃げられたわね。ま、懸賞金もかかってないし別にいいんだけど」
……ちくしょう。やっぱり捕まってたか。いや、でも殺されていないだけましだ。
「そうそう。あんたに見せたいものがあるのよ」
パチンッと女が指を鳴らすと同時、柵が開かれる。女はそこに入ってきたかと思うと、もう一度指を鳴らし、今度は自分の横に何かを出現させた。
大きさも形も、全くと言っていいほど一貫性がない。けど、共通することが一つ。
それは拷問処刑器具だった。
「まずは……これね」
女が持ってきたのは、巨大な鉄製の帽子――のようなもの。頭頂部にはぜんまいのような物がついており、ちょうど下あごに添えられるような鉄の棒がつなげられている。
女はクスクスと狂人じみた笑いを漏らしながら、それを俺の頭に装着した。
ひんやりとした感覚が俺の頭を包み込む――が、次に感じたのは痛みだった。
キリキリと、ぜんまいが締められていくにつれて棒が上にせりあがってくる。当然、俺の頭はそれによって押さえつけられる形になり、徐々に締め上げられていった。
「どう? 頭蓋骨粉砕機っていうのよ? 私の仲間もこうやって殺されたわよねぇ!」
「ギ、ガアアアアアアッ!」
バキンッと下あごが砕かれる音が響き、次は歯が全て砕けていく音が聞こえてきた。そして――プチュン、という間の抜けた音が聞こえると同時、俺の視界はいったん暗闇に閉ざされた。
あれからどれくらいたっただろうか?
ようやく頭部が再生し、ものが見えるようになった時も女はそこにいた。しかも、次に使うものを物色している。
「よし、これに決めた!」
まるで今日遊ぶ玩具を決めた子供のように告げる女。正直、イカレてる。
次に持ってきたのは――長いチューブ。両端が漏斗のように膨らんでおり、片方にはひもが付けられている。何となくだが、その使用法を本能的に察知した。
すると予想通り女は紐を俺の後ろに回ししっかりと蝶結びして、膨らんだ部分を俺の口に装着した。直後、
「《神の涙・哀れな乞食に・一匙の憐れみを》」
その漏斗に水を流し込む。それも、絶え間なく、荒まじい勢いで。
「がっ! ごぼぼっ!」
「喉が渇いたでしょう? たんとお飲みなさい」
俺の腹が破けるほど膨れるまで、それは続けられた。そしてようやく解放されたと思った時だ。女の蹴りが俺の腹部に直撃したのは。
……水風船を知っているだろうか? 限界まで膨らんだ俺の胃袋はそれに限りなく近い状態であり、衝撃によって容易に破裂してしまった。
「ぐ、げええええ……」
「あはっ。いいわぁ、死なないって……恨みを晴らす前に死なれたら困るもの」
「てめぇ……覚悟してろよ」
女は笑みを崩さない。その表情のまま今度は細い剣を持つ。しかし、レイピアであるはずの剣の先端はぷっくらと膨らんでいた。さながら先端に球根を指しているようだ。
しかし、剣の性質を持っているのかそれは深々と俺の体に突き刺さる。
「は……ヘンテコな剣だなぁ、おい」
「あら? これはちゃんと意味があるのよ」
女がトンと剣の柄を叩いた。かと思うと、剣に異変が起きる。
「……あ?」
めりめりと肉が広げられる感覚。間違いない。先端についていた球根上のものが、開こうとしているのだ。まるで球根本来の役目を思い出したかのように。
数十秒後、じっくりと時間をかけて球根は開花し、文字通り赤い花を咲かせた。
「次は……っと」
「女……覚悟してろ。絶対にお前を殺す」
「出来るものならやってごらんなさい。でも、少女一人守れなかった奴が出来るかしら?」
「――ッ!」
「あら、図星? ふふ、惨めね」
そこで女はハッとしたように手を打つ。
「あ、そうだ。死なないなら、複数の用具を使用することも可能じゃない。私も馬鹿ねぇ」
「ようやく気付いたか、女狐」
「……言ってなさい。化け物が」
女が持ってきたのは移動式断頭台、二枚の車輪が取り付けられた器具、人の足ほどの大きさを持つ釘、王冠というには無骨すぎる被り物、取っ手が付いたねじ――何にせよ、吐き気を催すラインナップだった。
「さて、覚悟はよろしくて?」
女は俺の右足を断頭台の、本来なら首をはめるところに挿入。
左足を車輪の先端に合わせ、固定。
呪文を詠唱し、釘を浮かせてから俺の右手に照準を合わせる。
同様に王冠も俺の頭の上に固定。
巨大なねじの取っ手を持って、俺の左手にそっと触れさせた。
「それじゃ、いってらっしゃ~い」
明らかに場違いな、陽気過ぎる掛け声の後、俺を襲ったのは経験したことがない痛みだった。
右足は切り落とされ、左足は車輪に食い破られていく。
右手は貫かれ、頭にかぶせられた王冠と同じく比で熱されていく。
左手は、ねじによって緩慢に穴をあけられていた。
しかも、その痛みは止むことがない。なまじ再生能力があるだけに、それらすべてを受け入れてしまう。
切り落とされた右足は再生しまた切り落とされ、左足は車輪の中で再生し、ぐちゃぐちゃにかき回される。
右手に開いた穴や火傷は治ったり作られたりとイタチごっこを繰り返している。
王冠をかぶせられた頭は何度も再生し、その度新鮮な痛みをこちらに与えてくる。
左手は、再生するにつれねじを押し返そうとするが女によって押し戻される。
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」
「あっはははははははははははっ! いいわいいいわいいわぁ! もっと泣きなさい! 叫びなさい! 苦しみなさい! そして……生きながら死になさい!」
気を失うことすら許されない痛みを受けながら、俺は無理やり笑みを作って思う。
ああ、やっぱり不死なんてくだらねえな……と。




