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三十話目

 それから数十分後、すっかり満腹になった俺はその場で寝転がっていた。

「お粗末様でした。自分、ちょっと川で食器洗ってきます」

「おう、ありがとう。また美味いもん作ってくれ」

 俺がそういうとゴーシュは嬉しそうに笑ってスキップしながら森の中へ消えていった。その後ろ姿を見送った後で、俺はメアの方に視線を移す。

 結局メアはずっと眠りこけたままだった。そのせいであんなに上手い料理を食いそびれてしまったほどである。

「おい、メア。まだ寝てんのか?」

 ふと、そこで俺は異変に気付いた。メアは寝かせた時から全く動いていないのである。ふつう、あり得るだろうか? 寝返りも打たず、ずっとその体勢を維持することなんて。

「メア?」

 そっとメアの額に手を添わせた。温かい。一瞬息をしていないのかとも思ったが、ちゃんとしているし問題はなさそうだ。が、安心したのも束の間、そこであるものが俺の目に映りこんできた。

「何だ……こりゃ……」

 痣が――いや、もはや痣と言っていいのかわからない。どちらかといえば、刺青の類のようなものが首にびっしりと広がっている。それは暴れ狂う龍のようでもあり、燃え盛る炎のようでもあり、生い茂る茨のようでもあった。ともかく、不気味で禍々しく恐ろしいものであることに違いはない。

「おい、メア!」

 強く揺さぶっても返事がない。どころか、身動き一つしない。これは、明らかに異常だ。

「ゴーシュ! ゴーシュいるか!」

 俺はすぐさまメアを抱きかかえ、ゴーシュが向かった方にかけていく。すると数分もしないうちに河原でしゃがみ込んでいる姿が見えてきた。

「どうしたんですか? 血相変えて」

「大変なんだよ! メアが!」

 するとゴーシュもすぐに異変に気付いたらしく、こちらに駆け寄ってきて顔をしかめた。無論、その視線の先にはメアの首がある。

「これは……何ですか?」

「わからねえ。あいつらに何か仕込まれたのかも」

「と、とにかくこっちに!」

 ゴーシュはタオルを持って一目散に川に向かい、いったん水に浸してから改めてそれを持ってきてメアの首を拭いていく。だが、それは消えることがない。

「熱はないですし、呼吸も安定しています。けど……」

 わかっている。それなりに強く起こしても、首を拭いても、メアは一切動かなかった。

「もしかしてメアが言っていた病気か?」

 だが、ゴーシュは首を振って否定する。

「いえ、違うと思います。だとしたら高熱にうなされているはずですし、肌だって硬化するはずです。なにより、病気だとしたら前触れがなさすぎです」

 確かにその通りだ。とすればやはり、あの追っ手たちに何かを仕込まれたと考えるのが妥当だ。

「待ってろ、何かの魔法なら今すぐ解析を……」

「する必要はないわよ」

「ッ!?」

 不意に、後方の茂みから何者かの声が聞こえてきた。いや、俺はこの声を聞いたことがある……そうだ。俺を襲撃した奴らの中にいた女だ。

「その子には呪いがかけられている。ある条件が満たされるまで、目覚めることはないわ」

「ふざけんな! 出てきやがれ!」

「悪いけど、遠慮するわ。ただ、呪いで彼女が死ぬことはないから安心しなさい」

「馬鹿に……するな!」

 声のした方に向かって俺は手をかざし、

「《弾け飛べ》!」

 手のひらから爆風を放つ。が、それとほぼ同時、上空から数十の光の束が降り注ぎ、爆風はそれに打ち消された。しかもそれだけではない。光の中からぞろぞろと人が現れてくる。その構成は魔法使い、あるいは重厚な鎧に身を纏った兵士。どちらにしろ、歴戦の勇士という面構えをしていた。

「……悪いけど、応援を呼ばせてもらったわ。分け前が少なくなるのは嫌だけど、捕縛が命令だし、仕方ないわよね?」

 奴らの狙いは、端っから俺とメアだったわけか。メアを捕らえていた奴も、それがわかっていたからこそ厄介な術を施したわけだ。全く……俺が知らない間に変な術が開発されている。やり辛いったらないぜ。

「ゴーシュ……お前はメアを連れて逃げろ」

「ですが……」

「いいから行け! 早く! 出来るだけ遠くに逃げろ!」

「……すいません!」

 メアの体を抱きかかえ、勢いよく駆け出していくゴーシュ。当然奴らはその後を追撃しようとするが、

「させるかってんだよ! 《大地の蛹・汚れた世界から・無垢なる少女を守りたまえ》!」

 地面に拳を叩きつけると同時、俺たちの周囲の大地が盛り上がり、巨大なドームを形成する。一応これで時間稼ぎにはなるだろうが……問題は目の前の奴らだ。見た限りあの三人には劣るが、それなりにできる奴らが数十人。ハッキリ言って、生還できるかは微妙なところだ。

「いや……死ぬことはねえか」

 こんな時だというのに笑いが込み上げてきた。まぁ、逆にこんな時だからかもしれないがこの際そんなことはどうでもいい。今はただ、こいつらをぶちのめすだけだ。

「《覇王の社……》」

 その時だった。茂みから突如として飛び出してきた男が俺の喉を手刀で貫いたのは。当然、詠唱は不完全に終わってしまう。

「……あ?」

「さっき俺を殺さなかったことを後悔するんだな、クソ野郎」

 舐めやがって……調子に乗るんじゃねえガキ!

 会心の笑みを浮かべている男の頭を右手で掴み、ギリギリと締め上げていく。最初こそ余裕をかましていたが、徐々に表情が歪みその口からは苦悶の声が漏れ出ていた。

「ガア……アアアアアッ!」

 幸い、ここにメアはいない。だとしたら、今だけは戻ろう。

「死ね」

 残酷な化け物に。

 俺は一切の躊躇なく、男の頭を握りつぶした。灰色の脳漿と赤い血が飛び散り、俺の服を染め上げる。地面に横たわる男の体はまだぴくぴくと痙攣を繰り返しており、どこかユーモラスに見えた。

「貴様!」

 激昂した兵士たちが襲いかかってくる。当然まだ喉が回復しきっていない俺は呪文を詠唱することができない。だが、それが何だというのだ。俺にはこの不死の体がある。

 胸に風穴を開けられようが、両目を抉られようが、文字通り首の皮一枚で繋がろうが、関係ない。俺は声にならない叫びをあげながら、暴れ狂った。その姿は彼らにどう映っただろうか? いや、その答えを俺は知っている。

 きっと醜悪で凶暴で恐ろしい化け物に見えただろう。だが、それでいいのだ。

 大事な誰かが守れるのなら、また誰かを失うのを見てしまうぐらいなら、俺は本物の化け物にだってなってやる。

「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「……そろそろ頃合いね」

 そう、女が呟いた直後だった。このドーム内に巨大な魔方陣が出現したのは。

「……何だ?」

 紫色に発光する魔方陣からは嫌な気配がする。すぐさまその場から離脱しようとしたところで、ようやく異変に気付いた。俺の体がその中に引き込まれていっているのである。しかもこの感覚は……昔牢獄に入れられていた時に嵌められていた鎖に似ている。魔力が、体の力が、全て吸い尽くされる虚脱感が俺の体を襲っていた。

「……無駄。構築には時間がかかったけど、一度発動したらもう逃げられない」

「ま、犠牲は大きかったけどね……ウチも仲間をやられたし?」

 女の目が一層殺気を纏う。そして俺の方に歩み寄ってくるなり、こちらの鳩尾につま先蹴りを叩きこんできた。何度吐きだしたかわからない胃液と血液がまたこみあげてくる。

「相応の報いは受けてもらうわよ?」

 それからは気も遠くなるような時間。女は休むことなく俺の体に拳を、けりを、魔法を浴びせ――やがて俺の意識は暗転した。


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