二十九話目
「自分、手伝いますよ」
爆睡してビクともしないメアをゴーシュがひょいと抱きかかえて近くの木陰に下ろす。
「さぁ、冷めないうちに食べちゃってください。またちょっと作ってきますから」
それだけ言ってゴーシュはまた森の中へと消えていった。俺はごくりと生唾を呑みながら、目の前のスープに視線を戻す。
ありあわせで作ったはずだろうに、ずいぶんうまそうだ。もしかしたらゴーシュは料理の才能があるかもしれない。だとしたら、あいつの嫁になる奴は幸せ者だろう……その嫁が魔法生物になりそうだということは置いておくとして。
そっと木のスプーンでスープを掬い、口に運ぶと何とも言えない芳醇な香りが口の中に広がった。中に入っているのはメアでも食べやすいように小ぶりにカットした野菜ときのこ。おおむねミネストローネ風といったところだ。
魔力を使いすぎて疲れている胃袋にもするすると入り込んできて飲みやすい。ちゃんと気が利いているあたり流石だと思う。
「はい、出来ましたよ」
次にゴーシュが持ってきたのはサラダの盛り合わせとパン。まだ朝だからということか、肉類は少ない。まぁ、仮にあっても食べられないとは思うが。
「お味はいかがですか?」
「ああ、美味いよ。お前才能あるんじゃないか?」
「ハハハ。何百年も生きてる人にそういってもらえると自信がつきますよ」
いや、お前は十分自信を持っていいと思う。戦闘の腕はわからないが、料理やその他のスペックはかなり高い。最初こそ頼りなさそうに見えたが、結構要所要所で頼りになる良い奴だ。
そんなことを思いながら、俺は目の前のパンに手を伸ばし、口に運ぶ。やはりこれも美味い。
「ちょっと試してみたんですけど、スープに付けてみてください。かなり美味しいですよ」
「マジか?」
恐る恐るパンをスープに浸し、口に入れると先ほどより濃厚で、かつ深い味わいが広がった。これは単体で食べるよりも合わせて食べた方が何倍も美味い。この組み合わせを発見したゴーシュはやはり料理の際があると思った。一家に一人欲しいくらいである。
「サラダはこちらのドレッシングをどうぞ」
「何だこりゃ?」
見る限りオーソドックなタイプが一つと、白色のドレッシングが一つ。最初の方は玉ねぎやニンニクが入っている液体タイプだが、もう一方はどろりとしたタイプだ。
「白い方はブルーチーズドレッシングです。意外と美味しいですよ?」
「へぇ……うっ!」
椀によそわれたブルーチーズドレッシングの匂いを嗅いで、俺は思わず身を反らした。これは……結構強烈な匂いだ。いかにもブルーチーズって感じがする。
「まぁ、食べてみてくださいよ」
「むぅ……」
ちょいとサラダにかけてみて、意を決して口に放り込んだ。
「え? ……美味い」
意外だった。匂いに反してかなりコクがあってまろやかな味をしている。そこまで癖もないし、どちらかといえば食べやすい……いや、俺はむしろ普通のものよりこっちの方が好きだ。自然と箸が加速し、ドレッシングがガンガン減っていく。
「気に入ってもらえたようでよかったです。けど、姫様はまだ寝たままですか?」
「ああ、そうみたいだな。ま、その時起きるだろ」
「大丈夫ですかね?」
何か言われると不安になってきた。俺はそっと立ち上がり、メアの方に寄る。
「ほら、メア。起きろ。飯だぞ」
「……」
「ほぉ~ら。美味いぞぉ」
ブルーチーズドレッシングがかかったサラダをメアの鼻もとに寄せる。が、一切目を覚ます気配がない。
少しばかり不安を募らせたところで、寄ってきたゴーシュがふと口を開く。
「あれ? 姫様の痣……こんなに大きかったですっけ?」
「言われてみれば……でも、これくらいにはなるんじゃないか? 時間も経ってるし、結構強く掴まれていたみたいだから」
「一応、冷やしておきましょう」
すぐさま立ち上がって自分の服を引き裂くゴーシュ。
「《雪の中の女神よ・世迷い人に・恵みを与えよ》」
瞬間、その布きれに吹雪を浴びせ、半冷凍状態に持っていく。ゴーシュは少しだけそれをほぐし、メアの痣においた。
「よくなるといいですね……」
「ああ、女の子だしな。跡が残ったらことだ」
まぁ、俺は女の子じゃないのに跡が残らないが。それに、痣ができることなんてめったにないからメアの異変にも気づかなかった。やはり普通の感覚を持っているゴーシュがついてきてくれたのはありがたい。もしいなかったら、きっと大変だったであろうことは、容易に理解できた。




