二十七話目
アルトリアと別れてから、俺はしばし考え込んでいた。
確かにこれまでは死ぬことを望んでいた。けど、今は違う。
メアの命が終わる時までせめて一緒にいてやろうと決めていた。
だから、俺は彼女の誘いを断ったのだ。
後悔はない。とりあえず、俺は今あるこの時を大事にしようと思っている。
たとえそれが――終わりを運命づけられているものだとしても。
しばらくして、メアたちはゆっくりと身を起こした。どうやら目を覚ましたらしい。
そんな彼女たちに俺は事の顛末を話したが、アルトリアの事だけは話さなかった。
もし話したらややこしいことになるのは目に見えていたし、何より気負わせてしまうと考えたからだ。それは俺の望むところじゃない。
「さて……これからどうする?」
おそらく、もう追っ手が来ているのは間違いない。とすればやはりどこかへ逃げるのが最適だとは思うが、それにも準備がいる。とはいえ、俺とメアは顔がばれているわけで……。
「あの、自分が何かを買ってきますよ」
そんな折、ゴーシュが不意に口を開いた。
「たぶん自分なら身元もばれていませんし、大丈夫だと思います」
確かにその通りだ。先ほどゴーシュの顔を見た奴らは全員アルトリアに殺された――ちなみに二人には俺が殺したということにしている――し、ゴーシュの手配書はどこにもなかった。なら、後は決まったようなものだ。
「悪い。適当に何か買ってきてくれ」
「わかりました。行ってきます」
「気を付けて」
去っていくゴーシュに手を振りつつ、俺はふとメアの方に視線を向けた。先ほど捕らえられてはいたが、外傷といえば強く体を掴まれたときにできたであろう首筋の痣くらいだ。依頼人――おそらくメアの両親たちもなるべく傷つけたくなかったようである。この程度で済んだのは幸いだ。
「ウル? 怖い顔をしてどうしたの?」
「ん? ああ、何でもない」
自分では気づかなかったが、相当怖い顔をしていたようで、メアは少し怯えたように見えた。だが、俺はカラッと笑ってメアの頭をくしゃくしゃと撫でる。すると彼女も少しばかり落ち着きを取り戻したようだ。
それにしても、気がかりなのはアルトリアが最後に言った言葉だ。
不穏な相とは何のことだ? 追っては全て払ったし、彼女の病に関してもまだ猶予はあるはずだ。それ以外では皆目見当もつかない。
「なぁ、メア。具合とか悪くないか?」
「? いいえ。どうして?」
「いや……ならいいんだ」
嘘をついているようにもやせ我慢をしているようにも見えなかった。
「変なウル」
「ああ、そうだな」
そっけなく呟いて、俺は岩の上に横になった。すると、メアも俺の腹の上にその頭をちょこんと乗せる。
「重い」
「レディに向かってそれは失礼よ」
ああ、そうかいお嬢様。なら、仰せのままに。
メアはぼんやりとした眼差しで、まるで夢を見ているかのような手つきで俺の腹部をまさぐっている。
「温かい……」
これまで幽閉されていた彼女だ。おそらく、まともに他人と触れ合うことすら許されなかったのだろう。いや、両親とすら触れ合えたかどうかすら危うい。そう思うと、何とも言いようのない感情が胸にせりあがってきた。
「ねえ、ウル」
「あなたに会えてよかった」
「は?」
おいおい、どうした急に。お前そんな奴じゃないだろう。
「あなたと出会わなかったら、私はずっと閉じ込められたままだった。こんな温かさも、何も、知らないままだった。本当に、ありがとう」
「……ばぁか。何言ってんだお前。まだまだだろうが。もっともっと色んなものを見せてやる、色んなものを食わせてやる、色んな奴に合わせてやる。絶対だ」
「本当に?」
「俺が嘘ついたことあるか?」
そこで彼女は首だけをこちらに向け、
「ない」
そう小さく呟いた。その瞳は、うるうるとまるで小動物のように潤んでいる。
……まぁ、あんなことがあった後だしな。実は怖かったのかもしれない。ここは大目に見てやるか。
「だろ? 俺を信じろって」
そんなことを言いつつメアの頭を撫でる。彼女はしばし猫のように目を細めていたかと思うと、また俺の腹部を枕にして寝始めた。
正直、魔力をガンガンに使った後で胃袋を圧迫されると吐きそうなのだが……
「ま、今日ばかりは許してやるか」
そう呟いて俺は瞳を閉じた。自分に寄り添って眠るメアの体温を感じながら。




