二十五話目
眼前を覆うのは爆炎。しかし、この程度では俺は死なない。
降りかかる火の粉を払うこともせず歩いて行くと、俺の目に先ほどの三人の姿が映った。直前で新たに防御壁でも張ったか、まだ生きていた。
正直、殺す気でやったのだが、あれを防ぎきるとは……やはりこいつらはできる。それでもまだ俺には及ばないが。
「この……化け物め」
少女が憎々しげに告げる。その目には明らかな敵意が宿っていた。
「私たちは、国では最強の殺し屋だったのに……どうして……?」
「ああ、そりゃすげえな。けど、残念。年季が違うんだよ。で? 誰の差し金だ?」
「言えない……それは機密事項だから」
見上げた殺し屋根性だ。そういう奴は嫌いじゃない。
最後の情けをかけてそのまま立ち去ろうとしたところで、少女がぼそりと呟く。
「気を付けた方がいい……本当の狙いは、あなたじゃない」
「ッ! まさか!」
すぐさま呪文を詠唱し、聴力を強化。すると遠くの方で誰かの叫び声が聞こえた。
「お前ら……っ!」
やられた。こいつらは本気で俺を殺そうと、捕らえようとしていた。だから気付かなかったが、本当の狙いはメアだったのだ。ということは、国の回し者だ。
「ちくしょうが!」
急いでその場を駆けだし、声のする方に向かっていく。どうやらメアとゴーシュはまだ一緒にいるらしい。そして、彼らを追っているのは……十名ほどの追っ手だ。
「メア! ゴーシュ!」
ようやく彼らを見つけたが、すでに遅かった。メアは追っ手たちに拘束され、ゴーシュは気を失っている。追っ手たちからは先ほどの奴らと同じような雰囲気を感じた。おそらく、歴戦の殺し屋だ。
「メアを……離せ!」
その場を跳躍し、メアを拘束している男の顔面に拳打を――叩き込もうとしたところで腕がピタリと止まった。これは……魔法か?
「今だ。やれ」
『《沈め・静め・静め》』
その場にいた全員が一斉に呪文を詠唱――直後、俺の体は地面に叩きつけられた。
「ガ……アアアアアアアッ!」
内臓が骨との摩擦で裂け、潰れ、破裂する感覚。衝撃を逃がすことができず、肉がひしゃげて血しぶきが舞う。辺りはクレーターのようにへこみ、そこは俺の血が溜まって池のようになっていた。
「馬鹿な奴だ。一人だけ逃げていればよかったものを」
「ふざ……けんな!」
立ち上がろうと力を込めても、上からの力には逆らえない。顔面は地面にこすり付けられ、泥と血の味が口の中に広がっていく。
「さて、行くか」
「待てよ、てめえ! この……!」
「《断罪の刃・愚者を捕らえて・罪を着せろ》」
瞬間、宙に出現した五本の光の刃が俺の四肢と胴体に落下。深々と突き立てられた剣は俺の体の自由を軽々と奪っていく。
「野郎……メア! メアアアアッ!」
そう、叫んだ時だった。メアを捕らえていた男の体が吹き飛んだのは。
「……え?」
攻撃が放たれた方角を見て、俺は驚愕していた。そこにいたのは、一人の女性。ローブを身に纏い、顔が見えないようにしている。しかし、チラリと見えた瞳はどこか力強さを感じさせられた。
「貴様!」
少女に向けて放たれたのは巨大な岩石。しかし、少女はそれを避けようともしない。
「避けろ!」
俺がそう叫んだのとほぼ同時、少女はちょいと腕を前に突き出し、その岩石を上空高く跳ね飛ばした。その光景に、思わずその場の全員が目を向く。
「《聖者の息吹・全てを吹き飛ばせ》」
直後、殺し屋たちは有無を言わさず吹き飛ばせれ、木に叩きつけられた。さらに少女はそこで息継ぎし、
「《烈火の炎・地獄の窯で・暴れ狂え》」
すぐさま呪文を詠唱。すると炎で出来た鎖が出現し、男たちを一気に絡め取る。
「馬鹿な……貴様何者だ!」
「答える義理はないが……先輩に対しての口のきき方がなっていないのが気にくわん」
どこかで聞いたような言い分だ、など思っていると少女はさらに息を吸い、
「《反逆の蛇・その身を堕とし・悪魔のつがいとなれ》」
――あっという間だった。炎の鎖が男たちを呑みこみ、跡形もなく消し飛ばしたのだ。
桁違いの強さだと、素直に思った。俺だって勝てないかもしれない。
「さて……ウルブとやら」
「ッ!? 何で、俺の名前……」
「昨日ちょっと連絡を受けてな。旧友の息子からじゃ」
少女はフードをバサッと払い、その姿を露にしてみせる。そこで俺はようやく気付いた。
目の前にいる彼女は――あの時マリカの家で見た写真の中の人物と全く同じだった。
少女は年齢に不釣り合いな口調で尚も告げる。
「本題に入ろう。お主の体についてじゃ」
「何?」
「妾はお主の体を治せる――いや、正確に言うなら殺せると言った方が正しいかのう?」
「まさか……あんたにそんなことができるわけがない」
「できるとも。何故ならその術を開発したのは他でもない。妾なのじゃから」
少女はそう言って自分の手首を切断してみせた……かと思うと、傷口がうねうねとうねって再生を開始していく。見慣れた光景だ。見間違いようがない。
「これでわかってくれたかのう? なぁ? ウルブ・フリード・セルゼンよ」
彼女が告げたのは、長らく自分でも忘れかけていた俺の本名だった。




